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森田に耳を傾けている男は最近中途で入社してきた営業の花田だった。
中途で入ってきたばかりのくせに早速森田に手を出しているのかと流川は鼻白んだ。
森田はよく見れば顔は整っているのに大人しく地味な外見で、つまりどう扱っても文句を言わなそうな見た目をしていた。だから手癖の悪い社員に手を出されそうになるのだ。
しかも、そんな人間にもハッキリとNOと言えず困ったように愛想笑いまで浮かべて。流川や他の人間がいなかったら森田はどうなっていただろうか。
流川は森田のことを気遣って助けたわけではない。自分が担当している後輩が揉め事を起こして辞められでもしたら、火の粉が自分にかかってしまうかもしれない可能性を考えて助けに入ったのだ。
そんな裏事情だってあるのに森田は捨て犬のように流川に懐くようになった。そんな素直さが心配でもあり、流川は柄にもなく「助けてやらねば」と更に思うようになったきっかけだった。
だから流川はいつものように森田を助けるつもりだった。
二人が立ち話をしている階まで強く足音を立てて上がっていこうかと思った時。流川の耳には守るべき後輩の声が聞こえた。
「───そんなこと言えないですよ」
「それは嫌われたくないから?いい子ぶってるとナメられるよ」
クスクスと笑い声の混じる二人の声にピタリと足が止まった。
話の内容はわからないが、森田は嫌がっていない様子で流川は出ていくタイミングを失くしてしまったのだった。
上階で交わされるポンポンとテンポよく交わされる会話に、森田はこんなに話すのかと驚いた。
「仲いい人に相談してみたら?流川さん、だっけ。良いアドバイスくれそう」
「さすが、もう覚えてるんですね」
自分の名前が出てきてビクリと身体が揺れた。
何事かと耳をそばだてるが、不明瞭な部分が多くよく聞こえなかった。
「───彩さんとは、そんな関係じゃないので」
流川は胃が引き攣れそうな嫌な気分になった。
二人が何について話しているかはわからないが、最近の心配事に似ているような気がしたのだ。
流川は森田をただの同僚では無く、特別な友人だと思っていた。
なんでも話せる、心の弱い部分も共有出来る友人だと思っていた。
社会人になってから知り合ったものの、学生時代の友人より親しいぐらいだと思っていた。お互いの一番の親友なんじゃないかとすら期待していた。
実際はどうだろう。この新しく出てきた男の方が親密そうに見えてしまう。自分には踏み込ませなかった部分まで招いているように見えてしまう。
同時に、自分がいなければと守るべき存在だった森田に、自分を否定された気分になっていた。
流川が助けなければ最初の時点で手癖の悪い男に引っ掛かり、そういうことが好きな女なのだと噂を立てられ気の弱い森田は職場に残れなかったはずだ。
こんなに心配して協力してあげたのにも関わらず、裏切られた気分だった。憎しみすら感じ始めている自分に、自分でも恐怖を感じるが止められそうにも無かった。
足音を立てずに非常階段を降りていく。手には森田に渡そうと思っていたサンドイッチが握られていた。いつの間にか握りこんだ形に歪んで具が漏れていた。それをゴミ箱に叩きつけた。この潰れたゴミを森田の顔に投げつけてやったらどんな顔をするだろうか。そんなことを流川は想像して、つい笑っていた。
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