きっかけ

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 自分だけこんな気持ちになっているのは納得できなかった。森田にも同じ気持ちを味合わせてやりたいと思った。始業時間間際になって何事も無かったような顔をして話しかけてくる森田が憎くて憎くて、つい聞こえなかったふりをして通り過ぎた。  森田が一瞬、あれ?という表情になった。そして少し不安そうに眉を寄せ、流川にもう一度近くまで寄り声をかけ直した。  そこまでされては流川としても気付かなかったふりは出来ず、何事も無かったかのように笑顔を向けた。すると不安そうな表情から一転、森田は安心した顔になった。  その表情を見て、流川の心は歪な喜びを感じていた。  流川に無視されて不安そうにした顔。自分の勘違いだったと安心した顔。森田をコントロールしているという充実感。それらが流川の怒りを和らげた。  それから何事も無かったかのように森田と過ごしながら、流川は「今こんなことを言ったらどんな顔をするだろう」とたびたび思うようになった。  持っているグラスの酒をかけてやったり、変なやつに絡まれている時に見なかった振りをしたり、車道に押してみたり。  そうしたら森田はどんな顔を流川に向けるだろうか。  そういう”もしも”の場面を想像していると、より一層、森田に優しく出来た。  もしも、森田の大事な物を壊してやったらどんな顔をするだろうか。  流川は楽しみにしていた。時期が来るのを、今か今かと待っていた。
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