産休

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産休

「彩さん」  私の呼びかけにゆっくりと歩みが止まる。花束の入った紙袋がガサリと煩わしそうに揺らされた。  振り向いた彩さんは無表情で私を見据え、にやりと口角を歪めて「待ち伏せとかこわーい」と茶化すようにケタケタと笑った。  彩さんは明日から産休に入るとのことで、さきほど営業部のフロアで幸せそうなスピーチを聞いたばかりだった。感謝を口にし涙を浮かべ花束を受け取っていた彩さん。完成された姿を私は当たり障りなく眺めていた。  復帰は一年以上先の予定だ。このまま顔を合わせなければ、残る清水さんや中村さんの勢いも落ち着くだろうと予測している。  恐らく、元凶は彩さんなのだろう。  不倫していただの、嫌がらせをしているだの、仕事を横取りしているだの。  今でも詳細な内容は聞いてないが、興奮した清水さんや中村さんが直接私に言ってきたのはそのあたりだ。その内容から察するに、彩さんが何かを周囲に言ったのだろう。 「何の用?追いかけてきてまで嫌がらせー?」  こわいねーと大きくふくらんだお腹をさする手を横目に、ことさら笑顔を作った。 「やだな、嫌がらせなんてしたことありませんよね。彩さんじゃあるまいし」  お腹の上を滑っていた手がピクリと止まった。 「それは彩さん自身がちゃんとわかっていると思います」  じっと挑むように視線を合わせれば、彩さんの整った眉がわずかに寄った。 「……説教?迷惑なんだけど」 「まさか。産休に入ったらなかなか会えなくなるので、お礼を言いたくて来たんです」 「はあ?」  長期休暇に入る前に荷物を整理するために更衣室に入っていった彩さんを追いかけ、やっと二人きりで話す機会が出来た。人が来る前にこれだけは伝えたかったのだ。 「これでも感謝してるんですよ。色々と」
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