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先ほどまでニヤニヤと持ち上がっていた口角が今はストンと表情を失くしている。がらんどうな瞳はどこか空でうすら寒い。
「彩さんが辰己とそういう関係だったなんて全然気付きませんでした。私から彼氏が浮気しているかもしれないって相談を受けた時、おもしろかったですか?浮気相手に相談するなんて滑稽ですもんね」
今更なに?と、彩さんは興味を失くしたかのように花束が入った紙袋を床に落とし、ロッカーの整理を始めた。
「しかも辰己が既婚者だってこと知ってましたよね。真剣に付き合っている彼氏が既婚者だって気付きもしないで独り相撲していた後輩を見るのは愉快でしたか?」
紙袋の中に次々と何かが投げ入れられていく。
「今日から産休ってことは彩さんこそ不倫じゃないですか」
ガツン、と大きな音が鳴り。
どうやらロッカーが蹴られた音なのだと遅れて気付く。
「つまり私に辰己の住んでる駅まで行かせて、奥さんの存在を知らせて、あの頃にはもう妊娠されてたってことですよね」
反動で揺れているロッカーの扉の影から鋭い視線がこちらを刺した。
それを挑発するように笑ってやる。
「どんな気分ですか?一生懸命、後輩に嫌がらせをするために使っている言葉が自分の中で育っている気分は」
ゆっくりと腕を動かし、一点を指差す。
「私だったら耐えられません」
彩さんの視線は私の指が何を差しているのか辿って、自分の膨らんだ腹を見下ろした。
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