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オンエア
〈さあ、続いてはこのコーナー〉
スピーカーから聞こえてきた声に、窓辺に置いたラジオのボリュームを上げる。それから手を組んで正座した。
〈とれたて「のでたら」作文!〉
〈このコーナーは「犬がほえたので、そこを掘ってみたら、大判小判が出てきた」のように「ので」「たら」を使っておもしろい作文を作ってもらうコーナーです。読まれた作文の中からは、「今週のとれたて」と称して一番おもしろい作文を決定。番組オリジナルステッカーをプレゼント。さらに、十回選ばれると殿堂入りとなり、オリジナルマスコットキーホルダーをプレゼントいたします。さっそく参りましょう〉
〈はい。まずは、ラジオネーム・たつのお仕事さんです〉
続けて、恋するタヌキさん、壊れなかったレディオさんが読まれた。
今週もダメだったか。おれは手を組む指に力を入れた。
〈次、ラジオネーム・信夫(のぶお)の孫さんです〉
きたきたきた
「きたあああ!」
うれしさのあまり、気づけば口に出ていた。
スピーカーにぐっと耳を近づける。
〈宇宙人に「家ついてっていいですか」と聞かれたので、断ったら、連れ去られた〉
〈ははは、逆にね。ついてくのがダメなら、おまえを連れてくと〉
笑った? 笑ったよな。よっしゃ~。
緊張していた分どっと体の力が抜けていく。でも、まだ心臓はドキドキと高鳴っていた。
けっこうウケてたし「今週のとれたて」に選ばれるかもしれない。
おれは期待にその時を待った。
〈以上で終わりですね。じゃあこの中から「今週のとれたて」を決めたいんですが〉
〈今日、みんなうまくまとまってたからねえ〉
〈おまえの顔は散らかってるけどな〉
〈ちょっと掃除機持ってきて。吸ってくれる?〉
〈ははは。はい、どうする?〉
〈うーん、やっぱりテンのテンの助さんがよかったかなー〉
〈ああ、テンのテンの助さんおもしろかったね。よくあるネタをうまく使い回してたしね〉
〈じゃあ、テンのテンの助さんでいい?〉
〈そうしようか〉
〈はい、「今週のとれたて」はテンのテンの助さんの、ファミレスへいったので、ドリンクバーを注文したら、「あちらからです」と大量のドリンクが運ばれてきた、に決定です! おめでとうございます。ステッカーお送りしますね〉
〈おめでとうございまーす。あ、テンのテンの助はこれで二回目ですね。あと八回選ばれると、殿堂入りになるのでがんばってください。みなさまからの投稿も引き続きお待ちしておりまーす〉
シーエムに入り、
「またダメかー」
おれは正座をくずして、ベッドの上に寝転がった。
今日で読まれたのは三回目だ。でも「今週のとれたて」に選ばれたことは一度もない。どうやったら選ばれるのか。そもそも読まれる時と読まれない時のちがいもわからない。
お笑いが好きなのに、おれはお笑いのことをなにも知らない。
「あー、おれも選ばれてー」
と、部屋のふすまが開いた。
「新太(あらた)、あんたお風呂入ったの?」
母ちゃんだった。
「これから」
「はやくしなさい」
「わかってるよ」
「わかってないから言ってるの。寝ちゃう前に入りなさいよ」
母ちゃんはぶつぶつ言いながらふすまを閉めた。
耳にラジオの音声がもどってきて、エンディングを迎えていた。
〈では、みなさん来週もよろしくお願いします。まっしゅどぽてとのコーシローと〉
〈カズマでした。さようなら~〉
ラジオの電源を切る。
辞書を黒くぬったようないかにも機械って感じのラジオは、三年前に死んだじいちゃんからもらったものだ。
おれはそれを少しだけ後悔してる。
小さい頃、じいちゃん子だったおれは、じいちゃんといっしょにラジオから流れてくる演歌や童謡を聞くのが好きだった。
「ねえ、じいちゃん大きくなったらこのラジオちょうだい」
家の縁側でじいちゃんのひざの上に乗りながら、おれはそんなおねだりをした。
「おさがりじゃなくて、新しいのを買ってやるぞ」
「えー、やだ。これがいい!」
「こんなおんぼろがいいのか」
「これがいい! ねえ、ちょうだい」
「そうかそうか。新太は見る目がある。これは古くておんぼろだが、物はいい。よし、じいちゃんが死んだら新太にやろう」
「やったー!」
どうしてそこでよろこぶかな、当時のおれ。
じいちゃんは死ぬ前の一年間、ずっと病院生活だったけど、「ラジオは新太にやること」と手紙を残してくれていた。
だから、このラジオで聞いてると、すぐ近くにじいちゃんを思い出す。
じいちゃんはよく言っていた。
「いいか、新太。貧乏でどれだけ遊ぶかだぞ」
貧乏はいやだけど、遊ぶことは大好きだ。
ラジオはおれにとって絶好の遊び場であり、芸人になる夢への練習場。遊びだって本気でやらなくちゃつまらない。いつか絶対に『まっしゅどぽてとのサラダボウル』で殿堂入りしてやる。
翌週、中学校に着くと、教室が騒がしかった。
「なあ、真辺知ってるか。転校生がくるらしいぜ」
遠くから高橋がダダダッと駆けてきた。なんだか飼い主を見つけた犬みたいだ。
「転校生? こんな時期に? うそじゃねえか?」
みんながめくるのをサボった教室のカレンダーはまだ九月だけど、世の中はもう十月だった。
「でも、みんな言ってるぜ。それに、さっきヤッチョンが見たって」
教室の前でヤッチョンが数人を相手に演説会を開いてるのが見えた。
「男? 女?」
「どっちもだって」
「ふたりも?」
「いや、制服着た男とふつうの服着た女」
「それ母親だろ」
「そうそう」
「はよー。なに?」
いつもの眠そうな顔でタナケンが登校してきた。
「転校生だってさ」
「うちのクラス?」
「さあ」
しばらくして、チャイムが鳴った。みんな転校生が気になるのか席に着く気配がない。
誰も頼んでないのに吉井がドアの前で廊下を見張り、担任を見つけるとあわてて振り返った。
「きたきた! みんな座れ!」
立ってたクラスメイトがいっせいに席に着く。
二十秒ぐらいして、担任と転校生が教室に入ってきた。
そこらじゅうがざわめき立つ。
ちがう学校の制服を着た転校生は居心地に悪そうに目を伏せて、リュックの両ひもを握っていた。
日直の号令のあと、転校生が紹介された。
「今日からこのクラスの一員になる室谷風(むろやふ)馬(うま)さんです。みんなに自己紹介して」
先生に言われて、室谷は小さくうなずいた。
小動物みたいなおびえた目で教室を見渡す。
「えっと、室谷風馬です。よろしくお願いします」
まだ話が続くのかと思ってみんな待ったけれど、室谷が目を伏せたからこれで終わりなんだと誰ともなく拍手をした。
「室谷さんが困っていたらみんなもいろいろと助けてあげてください。じゃあ、一番後ろの席開いてるからそこに座って。もし見にくいとかあったら教えて」
席に着くまでの間、みんなの視線を浴びて歩く室谷は首が痛くなるほどうつむき、白い肌が白くなりすぎて透明になって消えてしまいそうで、少し気の毒に見えた。
授業が始まると、みんなちょっとだけ教室の後ろに違和感を覚えつつ、いつも通りの学校生活が進んだ。
「なあなあ、もう転校生と話したか」
昼休みになるなり弁当を持って高橋がやってきた。
「まだ」
おれもカバンから弁当箱を取り出す。中身はきのうの夕飯の残りだった。
「おれ、さっき話かけてみたんだよ。制服まちがえたのかって。そしたらなんて言ったと思う?」
「実は肌を黒くぬってるだけなんだ」
「バカちげーよ。必要ないって。あいつそう言ったんだよ」
制服はおれたちのも室谷のも学ランだけど、ボタンやポケットのデザインが少しずつちがう。見るやつが見れば、それはいくらでも大きなちがいになった。
「不思議だよなー。弱っちい見た目してんのに、意外に強えのかも。ボクシング習ってるとか」
おれは少し体を傾けて、向こうにいる室谷を見た。近くの席やその仲間が集まって室谷を囲んで楽しくしゃべってるけど、室谷の顔色はどこか晴れなかった。
おれは転校をしたことがないし、住んでるところも田舎だから中学校の知り合いのほとんどが同じ小学校のやつらだ。
小さい頃から遊んでたやつらと離れ離れになる気持ちはわからない。もし誰も知り合いのいない場所へいくことになったら、おれも室谷みたいな顔になるんだろうか。
なんとなく気になって、帰り際、室谷に声をかけた。
室谷は教科書を机の中からリュックへ移しているところだった。
「おい」
室谷の白い顔がおれを見上げる。
「おまえ将来は舞妓にでもなるのか」
どうくる。
笑うか、ボケるか、ツッコむか。
けれど、室谷はぼうっとするだけで無反応だった。
「おい、なんか言えよ」
肩をゆすると、はっとした室谷はあわてて教科書をリュックにつめこみ、足を引っかけてイスを倒し、そのまま教室を飛び出していった。
「おい待てよ、室谷! 室谷!」
追いかけて廊下へ出たけれど、もう室谷の姿はなかった。
ちょっとからかっただけなのに。逃げることないだろ。
付き合いにくいやつだなあと教室にもどると、クラスのみんなが険しい目でおれを見ていた。
近くにいた女子グループが「泣かした」と言ってるのが聞こえる。
さらに、
「お、真辺がさっそく転校生泣かしたか」
「いやーん、真辺くんこわーい」
高橋と吉井がからかってきた。
おれはふたりをにらみつけてやったあと、教室の中に藤岡を探した。
藤岡も数人の女子といっしょになにがあったのかと、ちらちらとこっちを見ていた。
最悪だ。
藤岡にまでおれが転校生を仲間外れにする心のせまいやつだと思われたらかなわない。
せめてと思って、おれは室谷が倒したイスを元にもどした。その時、机の下になにかが落ちてるのを見つけた。
室谷の落とし物か。
床にしゃがんで取ってみると、それは「今週のとれたて」に選ばれたやつだけがもらえる番組オリジナルの「とれたて」ステッカーだった。
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