ラジオ ハハッ

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テンのテンの助  その日、一日中室谷の様子を観察してみたけれど、最後まであやしい動きは見せなかった。机の下をのぞいたり、近くを見渡したり落とし物を探してる様子もなかった。 もしかしたら、ステッカーは別のやつが落としたのか。  あと数日してなにもなかったら、落とし物入れに届けようと思い、おれは卓球部に向かった。  卓球部の活動日は、月、水、木の週三日。それが卓球部に入る決め手でもあった。 運動はしたいけどはやく帰ってラジオを聞いたり、ネタを考えたりしかったおれにとって、週三日はちょうどよかった。  周りと比べて体が大きい方だったから入学したての頃は、いろんな部活の先輩たちから野球部に入れとかサッカー部にしろとかしつこく言われたけど、おれはどうにかしてその誘いをすべて断った。 野球部もサッカー部も活動日は週五日で練習もきついだろうから、きっと家に帰ったら眠くてラジオを聞く前に寝落ちする。そんなのまっぴらごめんのきんぴらごぼうだ。  その時、誘いをかけてきた先輩たちとは、休日にコンビニや幽霊公園でばったり会ったりすると、無理やり遊びに付き合わされる。ちょっとめんどうだけど仕方ない。ここらでおれたちの遊び場なんて、そのふたつとポンちゃんの店しかない。  ちなみに、幽霊公園っていうのは墓地が近にある公園で、ポンちゃんの店はポンちゃんっていうじいさんがやってる駄菓子屋だ。 「真辺聞いたぞ。おまえ転校生泣かせたんだって?」  部室に入るなり、エサを待ちかねたサルのように部員たちが集まってきた。 「泣かせてねーよ。誰だよそんなこと言ったの。高橋だな」 「ちげーよ。吉井だよ、吉井」 「なっ、高橋てめー人に罪押し付けんな」  高橋と吉井の小競り合い劇場が始まると、みんなの興味はそっちへそれて、おれはなんとか逃げることができた。  それでも練習中にミスをしたメンバーを注意したり、強いサーブが決まったりすると、「真辺くんおやめになって~」「わたし泣いちゃう~」とからかわれた。  こういうのはいちいち反応すると相手が調子に乗るだけだ。おれは無視して練習に打ちこんでるふりをした。  と、大きく開いた体育館のドアの外に室谷が見えた。  室谷がいるところは体育館の裏にあたる。たまに用務員や業者の人が通ったりするけど、基本的に人がくるような場所じゃない。  あいつ、道にでも迷ったのか?  そう思ったあと、すぐに気づいた。  室谷はステッカーを探してここまできたんだ。 「それじゃあ、五分休憩」  ちょうど練習が休憩に入り、おれは急いで体育館の端に置いたリュックからステッカーを取って室谷の元へ向かった。  雑草をかき分けてる室谷はまだおれに気づかない。 「おい」  びくっとして、室谷が振り返った。 「おまえが探してるのってこれだろ」  おれはちょっと意気込んで言った。  だって、これはライバル宣言でもあるから。  ステッカーを見た室谷は、またぼうっとして無反応になるかと思ったけど、すっと手を伸ばして受け取った。 「そう、これ。よかったー。なくしちゃったかと思ってたんだ。ありがとう。えっと……」 「真辺」 「あ……真辺くん。ほんとにありがとう」  大事そうに両手でステッカーを持つ室谷。  見ようによっては、室谷がおれに告白しようとしてるようにも思える。想像したらおもしろかったけど、今はそれどころじゃない。 「おまえもそのラジオ聞いてるのか?」  室谷は最初、こたえるかどうか迷ってうなずいた。 「ラジオネームは? ゲロゲロゲロッピーか?」  一歩前に出るおれ。 「ち、ちがう」  一歩下がる室谷。 「じゃあ、悲劇のスターか?」 また一歩前に出るおれ。 「ちがうってば」  また一歩下がる室谷。 「じゃあ、テンのテンの助?」  室谷はなにも言わなかった。  おれは息をのんだ。 「おまえがテンのテンの助なのか!」  生き別れた兄弟にやっと会えたような勢いで室谷の、いやテンのテンの助の両肩をつかむ。  前髪を横に流した頭、とぼけたはにわのような顔、おれより十センチくらい低い身長、ちがう学校の制服。  こいつがおれよりおもしろいってのか!  テンのテンの助の肩をつかむ手に力が入った。  その時、 「せんせーい、真辺くんが転校生いじめてまーす」  振り返ると、高橋がにやにやしてこっちを見ていた。 「あと運動靴のまま外に出てまーす」  吉井まで。  こうみんなに見られていちゃやりにくい。おれはテンのテンの助から手を離した。  そろそろ休憩時間も終わる。  おれは言った。 「見てろよ、テンのテンの助。先に殿堂入りするのはおれだ。いいな」  運動靴の裏についた土を落として体育館に入ると、後ろから、 「うん」  と聞こえた。  それからおれはこれまでよりもがんばってネタを考えるようになった。  室谷がテンのテンの助だとすると、もう二回も「今週のとれたて」に選ばれてる。相当がんばらないと追いつくのはむずかしい。  でも、おれの舞妓ギャグに笑いもツッコミもしなかったやつに負けてたまるか。  まずはテンのテンの助がどうやってネタを考えてるのか暴いてやる。  学校にいるあいつはおとなしくて、どっちかというと暗い。湿度六十パーセントって感じ。転校してきて一週間経ってもあいつがちゃんと笑ってるところを見たことがない。周りはうまくごまかしてるけれど、いつも愛想笑いだ。 一体どこに『笑い』を隠してるんだ?  数日間、おれは目を網の目のようにしてあいつを見張った。なんで網の目かって、高橋と吉井がからかいにくるからだ。 「なんだよ、真辺。そんなに転校生にらんで」 「泣かした次はしめようってか。ん?」  このふたりはウンコにたかるハエだから、網の目で通さないようにしてやるんだ。 って、それじゃあウンコはおれじゃねーか!  見張りのすえ、わかったことはあいつの周りからどんどん人が遠のいてってるってことだけ。  近くの席のやつらも仲間に入れることをあきらめて、いつものメンバーで盛り上がるようになった。  ショッピング気分でたまに話しかけにいく女子も減った。 「なあ、室谷のやつ大丈夫かな」  その日の昼休み、高橋は心配そうに室谷の席を見て言った。 「一週間も経ってんのに制服そのまんまだしな。先輩たちに目付けられたらやばいぞ」  自分の体験を思い出してげんなりする吉井。こいつは一年の頃、おれといっしょにいるところを先輩たちに目付けられて、卓球部から野球部へ移るようおれを説得しろとおどされたらしい。 「室谷のやつ、弱そうだもんな」 「でも、なんで制服変えないんだろうな」 「家がすげー貧乏でお金がないとか?」 「室谷の父親、銀行の支店長だぞ」  おれの後ろの席で寝ていたタナケンがのっそりと起き上がった。こいつは家でも寝てるし、学校でも寝てる。いまだに自分のことを寝るのが仕事の赤ちゃんだと思ってるんだ。 「なんでタナケンがそんなこと知ってんだよ」 「母ちゃんに聞いた。銀行の清掃やってる」 「マジか、銀行員って金持ちじゃん!」  なぜかウキウキする高橋。 それを吉井があごなんかさすって落ち着かせる。 「いや、銀行員だとケチの可能性があるぜ。あと一年間ちょっとだからいっかーみたいな」 「父ちゃんに制服買ってもらえって、教えてやった方がいいかな」 「やめとけよ」  吉井が高橋の胸を軽く叩くと、高橋は「ううっ」とオーバーリアクションで胸をおさえ、おれの腕にすがりついてきた。 「真辺、おれはもうダメだ。あとのことはおまえに頼む。店の手伝いと部屋のそうじと犬の散歩と吉井の家からこっそり持ち帰ったマンガ、代わりに読んどいて、くれ」  高橋はがくりと倒れた。  すかさず、吉井が「おまえがマンガ持ってたのかよ! 失くしたと思ってずっと探してたんだぞ!」とツッコむ。  タナケンがけらけらと笑った。 「あ、高橋死んでんじゃ~ん」  ラスボスのようなセリフで登場したのは金本だった。ふだんから明るくて女子の中のムードメーカー。耳に響く高い声で笑うから、遠くからでも笑い声でそこに金本がいるのがわかる。 そして、金本がいるところにはだいたい藤岡もいる。いい子って感じが全身からあふれ出てて、花を見て歌い出しそうな雰囲気がある。  かわいい声、感情と直結した眉毛の動き、おれの話でよく笑ってくれるところ、そういうのを全部ひっくるめて、おれは藤岡が気になっていた。 「ねーねー、室谷くんのことだけどさー」  金本が言った。 「あ、ちょうど今、おれたちも室谷のこと話してたんだよ」  復活した高橋が立ち上がる。 「あんたらのチームに入れてあげたら? あんまりなじめてないみたいだし」 「えー、まあ、いいけど。なあ」  高橋が困り顔でおれたちを見る。吉井とタナケンがあいまいにうなずいた。  微妙な空気を感じて、藤岡が悩まし気に言った。 「わたしは、もしかしたら、ひとりでいたいのかなーとも思うんだよね。でも、リナが……」 「だって、転校先でひとりでいたいとか、もう知り合いゼロじゃん! それって無人島にいるのと同じでしょ! わたし絶対やだ。百万円もらってもいかない。マユがいっしょでも断る」 「そう? わたしちょっといってみたいかも。大きい葉っぱで家作ったり、ヤシの実落としたりしたい」  大きい葉っぱで家を作ってる藤岡も、ヤシの実落としてる藤岡もきっとかわいいんだろうな。釣ったタコをようしゃなくぶつ切りにしてる藤岡を見ても、おれはかわいいと思える自信がある。  このままじゃ、どんどん話が変な方向にいきそうだから、 「よしっ」  とおれは立ち上がった。 「真辺なにする気だよ」  みんなが不安げにおれを見上げる。 おれは親指を立てた。最後はがんばって藤岡と目を合わせ、室谷の席へ向かった。  室谷の周りは、そこだけバリアが張られたみたいにクラスのにぎわいを遠ざけていた。 「おい、テンのテンの助、今日いっしょに帰るぞ。いいな。逃げるなよ」  断られる前に立ち去ろうと振り返ると、教室中がおれたちを見ていた。  数秒後、 「なんだよ、テンのテンの助って」 「真辺、いくらなんでもそのあだ名はひどいって」  くすくすと笑いが起こった。  ただのラジオネームでそんなに笑うか? 「いや、テンのテンの助はこいつの……」 「真辺くん!」  急に後ろから呼ばれて、おれは驚いてテンのテンの助を見た。  怒ってるような恥ずかしいような顔がにらんでくる。  なんだ、室谷のやつ、こういう顔もできんじゃねーか。
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