ラジオ ハハッ

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しょぼん  放課後、室谷は逃げなかった。  なぜか高橋たちの方がそわそわして落ち着かないから、いっしょに帰るかと聞いたけど、「店番頼まれてる」とか「まだそんな人間じゃないから」とか意味わかんねー言いわけで断られた。  帰りがけ、藤岡にも「お手柔らかにね」と言われた。  おれはチャンスだと思って、 「じゃあ、藤岡もいっしょにどう?」  それとなく誘ってみると、 「ああ、大丈夫。わたしのことは気にしないで」  迷うことなく断られた。  おれは悲しみのあまりに後ろで笑っていた高橋と吉井の頭をつい叩いてしまった。 「ついじゃねーだろ!」  ハエが二匹騒いでるけど気にしない。 「室谷、いくぞ」  おれは室谷を連れて教室を出ていった。 「おまえんち、どこらへん?」 「えっと、学校出て右。市民ホールがある方」 「じゃあ、おれんちと近いな。市民ホールのところ曲がってちょっといったところがおれんち」 「ぼくは市民ホール過ぎて、駄菓子屋みたいなお店があるちょっと手前」 「ああ、ポンちゃんのとこか。じゃあ、近くねーじゃん」  隣を歩く室谷はずっとうつむき加減で、両手でリュックのひもを握っていた。背が小さいから室谷が顔を上げてくれないと目が合わない。 「市民ホールからまっすぐいって、横にそれると大きい道路に出るの知ってるか? その道路沿いに定食屋があるんだけど、高橋の父ちゃんがやってる店なんだ」 「そうなんだ」 「たまに高橋も手伝いしててさ。『ジャンから』とかおまけしてくれんだ」 「『ジャンから』?」 「ジャンボからあげ。おれの顔くらいあるんだぜ」 「へー」  いまいち盛り上がらないまま下駄箱に着いた。  校庭を歩いてるところで、二階の窓から顔を出した高橋と吉井が見えた。 「がんばれ室谷ー」 「真辺なんか怖くねーぞ」  バカがバカなことを叫んでる。明日覚えとけよ。  しばらく歩いて、周りに学生服が見えなってからおれは言った。 「なんで『テンのテンの助』なんだ?」 「え?」  思わずといった感じで室谷は顔を上げた。 「室谷はどっちかというと、『白の白の助』か『はにわのはにの助』だろ」 「えっと、『白』はわかるけど『はにわ』って?」 「顔がはにわに似てるから」 「そ、そうかなあ」  室谷は自分のほっぺをむにむにと触った。それから、なにか思いついたように一瞬手を止めた。 「なんだよ」 「いや、なんでもない」 「なんだよ。言ってみろよ、テンのテンの助」 「その……ぼくがはにわなら、お母さんは古墳かなって……」  気まずそうに目をそらす室谷。  おれは頭の中で古墳が「おかえりなさい」と言ってる場面を思い浮かべた。かなりシュールで思わず笑った。 「おまえの母ちゃん前方後円墳ってか」 「ぼくのお母さんはどっちかといえば骨ばってるから、ゼンポーコーホーフン」 「ドラえもんかよ」  おれがツッコむと室谷も笑った。 「おまえさ、なんでそんなうまいこと思いつくのに学校だと黙ってんだよ」 「ぼくは真辺くんみたいに自信がないから」 「それが「今週のとれたて」二回も取ってるやつの言うことか!」 「ラジオは特別なんだ」  室谷の口調が少しだけ強くなる。  おれはガシガシと頭をかいた。 「わかるけど、わかんねーよ。おもしろかったらみんなに言いたいじゃん。そしたらみんなも笑ってくれるし、クラスのやつらとも仲良くなれるだろ」  痛いところを突かれてか、室谷は黙りこんだ。 「みんな心配してるぜ。どうして室谷は制服を変えないんだって。まあ、うそなんだけど」 「うそなの!」  反射的にそう言った室谷は、にやにやと笑うおれを見て、やられたと気づいた。相当恥ずかしかったのか顔が真っ赤になっている。 「引っかかったな。テンのテンの助」 「それ、やめてよ」  蚊の鳴くような声だった。  おれの周りにはハエや蚊しかいないのか? 「それって?」 「ラジオネーム。学校では言わないで」 「なんで。「とれたて」二回も取ってるのに」 「そんなのほめてくれるの真辺くんくらいだよ」 「まあ、クラスでもテレビやマンガばっかで、ラジオの話なんてしないしな」 「それもだけど、ぼくが『テンのテンの助』だってバレたくないんだ」  おれはまた「とれたて」二回も取ってるのにと言おうとして、これじゃあ話が前に進まないと口を閉じた。 「わかったよ。そこまで言うならもう呼ばない。あと不公平だから、おれのも教えてやる。おれのラジオネームは『信夫の孫』近いうち殿堂入りするから覚えてた方がいいぜ」 「わ、わかった。でも、驚いたな。真辺くんも『サラダボウル』聞いてるんだね」 「あと『ラジオ・デ・ショー』とか『タマオニ』とかも聞いてる。まあ、まっしゅどぽてとが一番だけどな。あれはおれが見つけたんだ」  強気に胸を張ってみると、室谷は首をかしげた。 「夜中になんかおもしろいのやってねーかなってラジオいじってたら、たまたま聞こえてきたのが『サラダボウル』夜になるとここにも東京の電波が届くんだって。それから毎週聞いてる。いつかおれもあんな芸人になるんだ」 「芸人? すごいね」  室谷はどこかさみそうに笑った。教室で見せるような笑顔だ。おれはこういう顔を見ると、心がざわざわする。笑わせたいっていう生まれつきの芸人魂がうずくのか? 「おれは室谷の方がすごいと思うぜ」 「え、どうして?」 「おれ転校ってしたことないけど、たぶんめっちゃ不安になって必死に友達作ると思うし、制服もすぐに変えると思う」 「……」 「おまえ、わざとだろ。制服変えないのも、周りと仲良くしないのも」  室谷はたっぷり間を置いて、観念したように言った。 「……ぼく転校するの五回目なんだ」 「マジ! 五回も?」 「うん」 「……父ちゃん、なにか悪いことでもしたのか?」 「してないよ」室谷は苦笑いした。 「お父さんの仕事の関係で仕方ないんだ。最初はぼくがまだ小さい頃、それから小学生の間に三回、そして今回。ぼくも最初は友達作ろうとしてがんばってたけど、だんだんバカみたいに思えてきた。誰かと仲良くなってもどうせすぐに離れなきゃいけない。だから、前の学校ではずっとひとりでいた。おかげで今回は転校するって聞いてもなにも思わなかった。今の学校もきっとすぐ転校するに決まってる。それなのに制服をいちいち変えるのはめんどうでしょ」  うわ、けっこう重い話だった。おれ、こういうの苦手なんだよなあ。  どうしよう……あれ、そういえば、 「『テンのテンの助』って転校からもじってんの?」 「うん」 「ぶっ、マジで? そんな悲しいラジオネームつけるなよ!」  悪いと思いつつ、おれは腹を抱えて笑った。 「ぼくに合ってるかなって」 「そりゃそーだけど。おまえ最高だな!」 「最高?」 「おもしろいってことだよ」  室谷の背中を軽く叩くと、準備してなかったからか、単に筋肉がないからか、室谷は前によろけた。 「そんなこと初めて言われた」 「学校のやつらと話さないでラジオにばっか聞いてるからだろ」 「それは……」 「そんなにラジオが好きなのか?」 「ぼくの居場所だから」  室谷の目つきが強くなった。  せっかくやわらかくなってきた空気がまた固まってしまいそうだった。 「ぼくがいくら転校してもラジオは変わらない。常連のリスナーもいっしょ。初めて自分のラジオネームが読まれた時、ここがぼくの居場所だって思えた。学校も家もぼくにとっては『借り物』だから」  眉毛を八の字に曲げた室谷は、いかにも「しょぼん」という感じだったから、おれは、 「しょぼん」  と言った。 「からかわないでよ」  室谷はふてくされてそっぽを向いた。  本人は嫌がってるけど、もしかしたら、室谷のおもしろさはこういうところから生まれてるのかもしれない。  非モテ、貧乏、病気、別れ、怒り、なにもかもうまくいかないこと。そういう人生の不幸を笑いに変えられるのが芸人だ。音がなにかにぶつかってより大きく響くみたいに。  室谷は気づいてないけど、こいつはもう芸人に一歩足を踏み入れてる。  おれはどうだろう。 「怒るなよ。おれも初めてラジオネーム読まれた時、「おれだー!」って思って、めちゃめちゃうれしかったの覚えてる。ちょっと恥ずかしかったけどな」  巣穴から顔を出すリスのように室谷が振り向く。 「真辺くんでも?」 「当たり前だろ」  ラジオの話題となると一瞬で機嫌を直すあたり、室谷は本当にラジオが好きらしい。 「あのドキドキを例えるなら、家で寝転がってたら、いきなりでっかいライブ会場のステージに立たされたみたいな感じ」 「わかる、わかる。自分の分身だけスピーカー通ってスタジオにいっちゃったみたいな」 「だとしたら、室谷が転校してくる前におれたちはもう会ってるってことになるな」 「どういうこと?」  室谷はこれまで以上に顔をきらきらさせた。  おれもじいちゃん以外では、誰かとラジオの話で盛り上がるのは初めてだった。 「テンのテンの助が二回目の「とれたて」に選ばれた週は、おれもネタを読まれてたんだ。それっておれたちが同じスタジオにいたってことだろ」 「そっか。そうだったんだ。だからかな」  室谷は宝物でも見つけたように右手を握った。 「真辺くんに「将来は舞妓になるのか」って言われた時、ぼくびっくりしたんだけど、段々おもしろくなってきちゃって。だって、初対面でそんなこと言う人いないでしょ。でも、笑ったら変に思われそうで逃げちゃったんだ」 「なんだよ。そういうことかよ。室谷を泣かしたってクラスのやつらからひどい目で見られたんだぜ、おれ」 「ごめん、ごめん」 「ほんとだよ。藤岡にまで誤解されるところだったんだぞ」 「藤岡さん?」 「あ、いや、なんでもない。それで?」  室谷はおれの話を気にしながらも続けた。 「あの日、なんとなくぼくも知ってるラジオネームが頭に浮かんでさ。同じラジオのリスナーかなって思ったのは、そのせいだったんだって」 「なるほどな。でも、大事なステッカー学校に持ってくるなよ。また落としたら大変だろ」 「あれはお守り代わりになんだ。ステッカーを持ってれば、学校にいても自分の居場所はちゃんと他にあるんだって思えるから」  今もステッカーを入れてるのか、室谷は背負ったリュックをちらりと振り返った。  室谷はおれたちのクラスを自分の居場所だと思っていない。室谷がそれでいいって言うならかまわないけど、ステッカーがあろうとなかろうと、おれたちのクラスにはもう室谷の席がある。 おれはこの数日間、室谷を観察してたし、高橋たちは先輩に目を付けられないか心配していた。室谷がいなきゃそんなことしなかったはずだ。 道の先に市民ホールが見えてきて、そろそろ分かれ道だった。 「まあ、いろいろ大変かもしんないけど、あんまり思いつめない方がいいぜ。あと制服そのままだと先輩に目付けられるかもしんないから気をつけろよ。じゃあ、おれこっちだから」  市民ホールの前に着き、おれは走って道を曲がっていった。  少しすると、後ろで室谷が呼んだ。  リュックを下ろして、ごそごそと中身をいじっている。 「待って、真辺くん」  おれのところまで走ってくる室谷の手には見覚えのあるカラフルな色が見えた。 「これ、よかったらもらって」 「「とれたて」ステッカー!」  おれはとっさに手が出そうになるのをなんとかこらえた。 「それ、室谷のだろ」 「そうだけど、ぼくは一枚あればいいし、いろいろ聞いてもらったから」  室谷の口調はたどたどしかった。転校を繰り返し、前の学校でも友達を作らなかったと言ってたから、こういうことをするのは初めてなんだろう。  正直、ステッカーはめちゃくちゃほしい。  でも、ここでもらったら、なにかがゆがんでしまう気がした。おれの情熱とか、室谷との関係とか、他にもいろいろ。  というか、こいつおれのことバカにしてないか?  おれは室谷をライバルだと思ってるのに、室谷はおれをただ同じラジオを聞いてるリスナーで、ステッカーをあげたらよろこぶアホヤローだと思ってるにちがいない。  さすがはテンのテンの助さまだ。  一枚あればいいだって? その一枚ゲットするのにおれがどんだけ苦労してると思ってんだ! 「いらねー」  自分で思ったより低い声が出た。 「え……」  室谷の顔からさっと色が消える。  悪いと思ったけど、ここは引けなかった。 「おれはマジで芸人になりたいんだ。おもしろいこともしてねーのにもらえるかよ」 「ま、真辺くんはおもしろいよ! 自信があって、友達もいっぱいいて」 「それ、おもしろいと関係ねーだろ」 一瞬、ムッとなって強く言うと、室谷はびくっと体を縮めた。白い肌がまた消えてしまいそうなくらい透明になっていく。 「とにかく、それはもらえねー。じゃあな」 なんとなく気まずくなって、おれはその場を離れた。さみしげな視線が背中を突きさしてきても振り向かなかった。  家に着く手前でやっと振り返ってみると、そこに室谷はいなかった。  目の前に、ステッカーのあのカラフルな色合いがちらつく。  ……やっぱり、もらっとけばよかったかな。  今さら惜しくなっておれはがっくりと首を垂れた。 「しょぼん」 〈まっしゅどぽてとのコーシローと〉 〈カズマがお送りしてます。まっしゅどぽてとのサラダボウル〉 〈続いて、メールですね。こちらはラジオネーム・悲劇のスターさん。こんばんは。いつも楽しく聞かせてもらってます。まっしゅどぽてとのおふたりに相談です。先日、会社の先輩に誕生日プレゼントでTシャツをいただき、その場で開けてみると、店側のミスでタグが外されておらず、値段のところに割引シールが貼ってあるのを見つけてしまいました。あー、気まずい。これは気まずい。その時、ちょうど先輩もいっしょにいたので、変な空気になってしまい、先輩も気が動転したのか「なに? 文句ある?」となぜか怒っていました。それから一週間以上、口をきいてません。おふたりならどうやって声をかけますか。ということで、これは気まずいよ〉 〈気まずいけど、これ先輩が悪いでしょ。割引のもの買っておいて、「なに? 文句ある?」あるよ! 人の誕生日に割引のものを買うな!〉 〈はははは。まあね、それはそうだけど、もしかしたら、先輩もなにか事情があったのかもしれないじゃん〉 〈割引のプレゼントを買う事情?〉 〈あー、今すごい顔してますよ。めっちゃ怒ってます。地図みたいに折れそうなほどしわが寄ってますけど。いろいろあるじゃん。金銭的にきつい時だったとかさ〉 〈だったら、それを正直に話して、来週か来月に改めて買えばいいんじゃないのかなあ〉 〈「かなあ」にものすごい力入ってる〉 〈というより、なんでわざわざ割引のやつ買ったって話でしょ。お金ないなら安い物買えばいいじゃん〉 〈なんか先輩なりにいいもの買わなきゃとかあったんじゃない?〉 〈ほらあ!〉 〈指が近い。「ほらあ」の指が近い〉 〈結局、自分の先輩としてのプライドのためでしょ。相手のこと考えてないの、こういう人は〉 〈ああ、そういうことね。でも、このトースター松本さんはそこは気にしてなくて、どうしたら気まずい状況からまた話せるようになれるかって聞いてきてるから。そこをこたえてあげなきゃ〉 〈はい、出ました〉 〈なに〉 〈みなさーん、こいつ、出しましたよー〉 〈ちがう意味になるから。「出ました」はいいけど「出しました」はちがう意味になるからやめて〉 〈おまわりさーん〉 〈おまりさんって言っちゃってるし〉 〈こいつはいつもこうやって常識人ぶるんですよ〉 〈別にそんなことしてないでしょ。ほんとのこと言ってるだけだから〉 〈あー、はいはい。そういう態度ね。そっちがそういう態度なら、こっちも出すとこ出しましょう〉 〈だから、「出す」っていうとちがう意味になるから〉 〈まずはおれのターン、おばあちゃんの守護霊〉 〈え、出すってそういうスタンド的なやつ?〉 〈レベル十六〉 〈弱っ。おばあちゃんの守護霊、弱っ。これからレベル上げしなきゃいけないめんどくさいやつじゃん。はははは。で、なんだっけ。そうだ、気まずくなった先輩にどう声をかければいいか。まあ、無難にあいさつから始めたらいいと思うけどね〉 〈なんかさ、ハプニングとかあれば、そういうこと忘れていつの間にか話してるってことあるけどね〉 〈あー、会社のトラブルとかね〉 〈そうそう。なので、ちゃちゃっと横領しちゃってください〉 〈犯罪、犯罪。それもっと気まずい関係になっちゃうから〉
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