ラジオ ハハッ

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ピンチには幽霊  あれから室谷とは話していない。  向こうから声をかけてこないのはもちろん。ケンカしたわけじゃないけど、強く言った手前、おれも顔を合わせづらかった。  たぶんこんなに気にしてるのはおれだけだ。あいつは友達作らないって言ってたし。おれもはやく忘れればいいのに、教室に入ると必ず、周りの風景からひとりだけ浮き出た背中を探してしまう。  今日も重い足取りで教室へ向かうと、階段の途中で駆け下りてきた高橋と会った。 「ああ、真辺! 大変だ!」  あわてすぎて小刻みに揺れる高橋は小便を我慢してる小学生みたいだった。  おれはどうせまた吉井が鼻血出したとかだろうと思って、うっとうしそうに返した。 「なんだよ」 「室谷が先輩たちに連れてかれた。プールの方だ。吉井があとつけてったけど、あいつじゃ役に立たないだろ」  高橋は泣きそうな顔で言った。そんなに吉井が信用できないのか。それはおれもいっしょだ。 「いくぞ」  おれは高橋を連れて階段を下りていった。  校舎の横に独立してあるプール。その正面入り口から裏へ続く一角に吉井の背中を見つけた。 「おい、吉井」  後ろから声をかけると、肩をびくっとさせて吉井が振り向く。 「真辺、遅いぞ。室谷がヤバいんだ」  プールの角から狭い裏庭をのぞくと、五、六人の先輩に囲まれた室谷がいた。先輩は野球部とサッカー部が数名ずつ混じったメンバーだ。  おれは角から身を引いて聞いた。 「なにがあったんだよ」  高橋がこたえる。 「おれらもよくわかんないけど、廊下で室谷と先輩たちがすれちがった時に制服のことでいろいろ聞かれたっぽくて、室谷の返しが気に入らなかったのかそのまま連れてかれてちゃってさ。ほら、あいつ暗いだろ」  吉井が続けて、 「先輩も手までは出さないと思うけど、わかんねえだろ。あいつ暗いし」  おれ以外のやつは室谷が暗くなった原因を知らないからしょうがないけど、世の中はそんなに暗いやつに対して厳しいのか。暗いって理由だけで先輩に連れてかれたり、なぐられちゃ室谷もかわいそうだ。  それにあいつは、ただの暗いやつじゃなく、テンのテンの助でもある。というか、おれの中ではテンのテンの助っていう方が強い。テンのテンの助は「今週のとれたて」に二回も選ばれてるんだぞ。おまえら「今週のとれたて」に選ばれたことあんのか! 「なあ、真辺。どうする」 「どうするって。助けるしかないだろ」 「ああ!」先輩たちの動きを見張っていた吉井が叫んだ。「なんか脱がせようとしてるぞ」  見ると、先輩のひとりが室谷から制服を奪おうと手を伸ばしていた。両手で襟をつかみ、体を丸めて抵抗する室谷。そんなことしても先輩たちをよろこばせるだけだ。 「ヤバくなったら先生頼むぞ」  高橋と吉井に言って、おれは裏庭へ飛び出していった。 「室谷!」  先輩たちがおれを振り返る。 「新太じゃん。どうしたんだよ」  顔見知りの先輩が前に出てきて、おれは「うっす」と軽く頭を下げた。 「そいつ、おれのクラスのやつで」 「え、そうなん? なんでこいつコスプレしてんの?」  先輩が室谷の方に振り向くと、その肩越しに室谷が見えて、目が合った。 おれは「だいじょうぶか?」とテレパシーを送ってみた。室谷からは「無理無理無理無理!」と返ってきた。たぶん。 「すいません。そいつ転校生で、前の学校の制服らしいんっすよ」 「へえー。うちの学校のは?」 「なんかまだ届いてないっぽくて」 「ふーん。でもさあ、それって校則違反じゃねーの?」  うまいこと言ってやったぜと、その先輩は笑って周りを見た。周りの先輩も「頭いい」とか言ってくすくす笑ってる。 こいつら、校則なんて気にしたことないくせに。 「おれたち先輩として、転校生に校則のこと注意してるだけだから。新太はいっていーぞ」  どうしても室谷の制服を脱がさないと気がすまないらしい。  全員三年生だから、夏休みで部活を引退してひまなのか、それとも後輩に威張りたいお年頃なのか。  先輩たちはもうおれに用はないと、また室谷の方へ向き直った。  あー、どうすりゃいいんだ。へたに先生に言えば、別のところでもっとひどいことになるかもしれないし、このままじゃ室谷ともっと気まずくなるぞ。  そういえば、この間、まっしゅどぽてとがラジオで言ってたな。気まずい相手と話せるようになるにはどうすればいいか。なんだったっけなあ。ハプニングで二十二体のばあちゃんの霊が出てきて……。 「おい、はやく脱げよ。校則違反だって言ってんだろ」 室谷をからかうのに飽きてきた先輩が声をあらげた。ここまでして脱がせなかったじゃかっこがつかないから、無理にでも制服をはぎ取ろうとするはずだ。  まずい。おれはあせって、口走った。 「出ますよ!」  後ろから室谷の両腕を押さえつけ、ボタンに手をかけたところで先輩たちが止まった。邪魔すんじゃねーよとおれをにらんでくる。 「その制服、無理に脱がせようとすると出るんっすよ」 「出るって、なんだよ」 「……死んだばあさんの幽霊」 「はあ?」  先輩たちはいかにも疑わしげにおれを見た。 「いや、ほんとなんっすよ。おれも前に脱がせようとしたら、急に室谷が苦しみ出して。なあ」  おれが室谷に問いかけると、室谷は首を横に振った。なんでだよ。 「ちがうって言ってるぞ」 「こいつは自分のことだから覚えてないだけで、その時、制服に憑りついたばあさんの幽霊が「無理に脱がせようとすれば地球を爆発させる」って、そう言ってたんっすよ! ほんとですって!」  先輩はしばらくおれを試すように見ていた。おれは目に力を入れて、できるだけ瞬きしないようにした。  でも、時間が経てば経つほどバレる気がして、 「うそだと思うなら、やってみてください」  と言った。  室谷が「信じられない!」という目でこっちを見た。 「新太、うそだったら、おまえ今からでも野球部入れよ」  室谷の制服のボタンに手をかけた先輩が言った。横から「サッカー部だろ」とヤジが入ると、「じゃあ、野球部とサッカー部どっちも入れ」とめちゃくちゃなことを言ってきて、おれは少し迷った。 「おい、どうすんだよ」  こたえを迫られ、おれは汗ばむ両手を握った。 「わかりました。どっちも入ります」 「言ったな。約束守れよ」  にやりとして、先輩はボタンを外し始めた。  おれは心の中で祈った。 頼む、室谷。いや、テンのテンの助。おまえならできる。  ボタンはもう三つも外された。残るは二つ。  室谷は顔を伏せていて、どういう表情をしてるのかわからない。  ボタンが最後の一つになった。  先輩がちらっと振り向いて、「わかってるな」という目でおれを見た。  その時だ。 「うぐっ、ああ、あが、うぎ、がっ」  突然、室谷が首を押さえて苦しみ出した。 「がっ、ご、っは、あ、あああ」  酸素を求めるように上を向き、背中をのけぞらせる。体を横に揺らし、起動し始めたロボットみたいに一歩、また一歩と置き場の決まらない足を動かす。 「な、なんだ、こいつ」  先輩たちがいっせいに室谷から離れた。  その中心では、そういう見世物みたいに室谷が苦しんでいる。 「ああ、うっ、ちきゅ、ばくは、っつ」 「おい、誰か倒れてるのか!」  場違いな声はクラス担任のものだった。  きっと高橋たちが連れてきたんだ。  おれはすぐに手を上げた。 「あ、こっちです。こっち、こっち。室谷いくぞ。除霊してもらわなきゃな」  室谷を先生のところまで引っ張っていく。声をかけてくる先輩はいなかった。 「室谷、大丈夫なのか? 倒れたって聞いたけど」  校舎にもどったところで担任は言った。高橋たちになんと説明されてきたのか。 「大丈夫です。転んだだけなんで」  室谷からはもうばあさんの幽霊はいなくなっていた。 「それでけがはないなのか」 「けがはないです。ただちょっと喉が痛くて」  手で強く押さえた室谷の首は真っ赤だった。  昼休み、おれは高橋と吉井の前で室谷の迫真の演技をまねしてみせた。 「だあーはっはっはっ」 「なんだよ、ばばあの幽霊って!」 「うぐ、あー、ばばあが、ばばあが体に入ってくるぅ~」 「ははははは! ヤバい、腹痛え」 「はあ、はあ、真辺もういい。もうやめてくれ」  腹をおさえてぐったりするふたりに、おれはこれくらいでいいだろうとまねするのをやめた。  吉井が目に溜まった涙をふく。 「とっさのこととはいえ、制服脱がしたらばばあの幽霊が出てくるなんて。よく思いつくよな。室谷まで巻きこんでさあ」  おれの隣には、不機嫌そうに弁当を食べる室谷がいた。 「ほんとだよ。話聞いても室谷がそんなことしたなんて信じられねえ」  高橋がばしばしと室谷の肩を叩いた。 「先輩たちもドン引きの名演技だったんだろ?」 「自分じゃよくわかんないよ。いっぱいいっぱいだったし」  室谷の弁当の中では、主人の代わりに恥ずかしさや不満や恐怖、複雑な感情を引き受けた卵焼きが八等分にされていた。 「おれもあそこまでしてくれるとは思わなかったぜ。最初は嫌がってたし」 「それは真辺くんが」 「なんだよ」  室谷は首を横に振って、八分の一の卵焼きを口に運んだ。 「でも、あんなことして、あの人たちにもっと目付けられた気がする」 「だろうな」  米を口いっぱいにつめて吉井が言うと、室谷は「えっ」とショックを受けた。 「そんな顔して、そんなおもしれーことするやついねーもん」  室谷は「そんな顔」と言われたのが気になったのか、むにむにと自分の顔を触った。 「じゃあ、ぼくどうすればいいの?」 「ばばあの幽霊を出せばいいんだよ。うう、あー、ばばあ降臨中って」 「やだやだやだ。もうあんなことしたくないよ」 「んなこと言ったって、おまえがさっさと制服脱がないのがいけないんだろ」  高橋が定食屋の残り物だろう焼きそばをかきこむ。 「ふつうは脱がないでしょ」 「先輩たちがああいうことするのは」後ろの席にいたタナケンが目を覚ました。「基本ひまつぶし。室谷の制服さえ脱がせたらすぐに満足してただろうな」うーんと両手を上げて伸びをする。 「そうだったの!」  室谷が驚いてる間に、タナケンは腰を浮かして室谷の弁当からミニハンバーグを盗んだ。 「まあ、おまえが新しいひまつぶし作っちゃったけどな」 「そんなー」  肩を落とす室谷におれは言った。 「そう落ちこむなよ。テキトーに相手してやればいいんだから。あと一ヶ月くらいすれば先輩たちも受験でそれどころじゃなくなるだろうし。おれも野球部入れって言われた時はあせったけど、どっちみちあと少しで先輩たちは卒業するから、入ったとしてもすぐ辞めればいいやって」 「え、えー、なんだそっか。じゃあ、あんなことしなきゃよかった」 「なに、おまえ、おれのこと心配してたの?」 「だって、ぼくのせいで真辺くんが入りたくもない部活に入れられるなんて、今度こそどう謝っていいか……」 「今度?」 「あ、その……この前のステッカーのこと。ずっと謝ろうと思ってて」  なんだ、室谷も気にしてたのか。友達は作らないって言ってたくせに。 「そのことならもういいよ。気にすんな。でもステッカーはいらない。いいな」 「うん、ありがとう。……あれ、ハンバーグがない!」  やっと気づいた室谷に、みんながどっと笑った。
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