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大きな窓から入る早春の心地よい日差しが、フロアー全体を明るく照らしていた。廃校になった小学校の体育館を利用して作られたリハビリセンターには、今日も多くの利用者が集まり、スタッフの丁寧なサポートを受けながら各々の課題に取り組んでいた。
「あなたたち、本当にお似合いのご夫婦ねぇ」
老婆が膝の曲げ伸ばしを手伝ってくれている女性スタッフに話しかけた。彼女の夫もスタッフとしてこのセンターで働いていて、若い美男美女のふたりが夫婦であることは、常連の利用者なら知らない者はいなかった。
「いえいえ、そんなこと……」
女性スタッフは、少し寂し気に首を振った。
「何か問題でもあるのかい?」
老婆はすぐさま尋ねた。好奇心こそが長生きの秘訣だ。
「あの……」と少し躊躇ってから、女性スタッフが続けた。
「私たちには未だに『夫婦』という感覚がないのです。夫に何か不満があるわけではありません。容姿も性格も、すべてがとてもよくできた夫です。実は夫も私のことをそのように言ってくれます。でも、私も夫もよくわからないのです。本来、血のつながりもない他人同士が、なぜ惹かれ合い、一緒に暮らしていくのか。一体、夫婦らしさとは何物で、どうやって生まれてくるのか……」
深刻な表情で語りかける女性スタッフに、老婆は少々戸惑った。すると丁度フロアの入り口に、そのよくできた夫が利用者に付き添いながら姿を現した。老婆は改めて女性スタッフと夫をまじまじと見比べた。
「なるほど。わかったわ、原因が」
老婆はこぶしで手を叩いた。
「原因?」
「そう、あなたたち、お互い欠点がなさすぎるのよ。それじゃ喧嘩のひとつもできないでしょ?」
「喧嘩をしないとだめなのでしょうか?」
女性スタッフは目をパチクリさせて尋ねた。
「そりゃあ、喧嘩するほど仲がいいって言うじゃない。複雑なもんなのなのよ。つれあいってやつは」
女性スタッフは、最近のバージョン・アップで取り入れられた溜息を一つついた後、呟いた。
「一筋縄ではいかないのですね。人間同士の『true-ai』というものは……あっ」
本当は『つれあい(tu・re・a・i)』と掛けたかったのに中途半端になってしまった。
ダジャレ機能も、最新バージョンにアップデートしてもらわなくっちゃ。
ほんのり顔を赤らめながら、彼女は思った。
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