おじさんの家に行こう!

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おじさんの家に行こう!

 一週間後のまだ明るくなりきっていない朝。おじさんが車で家まで迎えに来てくれた。おじさんが乗ってきた黄色くて四角いデザインの車は、どんなにガタガタな道でも進みそうな形をしていた。 「こんな時間でもサングラスを付けてるんだね、兄さん」 「まぁね」 「……藍のことよろしく頼みます」 「うん。君らも気をつけて」  僕はしぱしぱする目を擦りながら、そんな会話をするお父さんとおじさんを見ていた。 「藍、行ってらっしゃい。楽しんで」  僕と同じく、まだ眠そうな目をしたお母さんが僕にそう言った。 「うん、行ってきます!」  僕は宿題や着替え、たくさんのおやつが詰まった重たいリュックサックを背負い、おじさんの車に乗り込んだ。 「では、出発!」  おじさんがそう言って、車のエンジンを回した。  ──ドゥルンッ!  唸るような音と共に車が震えて、僕らは出発した。 「いってきまーす!」  角を曲がって見えなくなるまで、僕はお父さんたちに手を振った。  車はしばらく住宅の並ぶ街中を走ったあと、高速道路に乗った。 「藍君は朝ごはん食べたかい?」 「うん、家を出る前に食べたよ!」 「じゃあこのまま私の家に向かうね」 「はーい!」  そう言ってしばらく僕らは高速道路を進んだ。おじさんとは小学校の話や僕の好きな漫画、テレビの話をしたけれど、おじさんは漫画もテレビも読んだり見たりしないようだった。  前にお父さんが「兄さんは『世捨て人』だからなぁ」と言っていたことを思い出した。『世捨て人』って何をしている人なんだろう? 「おじさんってなんの仕事してるの?」  気になった僕はハンドルを持つおじさんに質問した。 「私かい? 私は水城大学という大学で先生をしているよ」 「その格好で先生……」 「勿論この格好でね」  驚きを隠せない僕の反応に、なぜかおじさんは得意げだった。 「何を教えてるの? 算数とか?」 「算数ではないよ。ちょっと難しいけれど、社会科の中の一つである民俗学という学問を教えているよ」 「みんぞくがく?」 「うん。この国で生きる人々の日常生活を研究する学問だ。いつも私たちが話している言葉、使っている道具、季節ごとの行事、その歴史や文化などを調べたりしているよ。そうやって今の生活を調べることで、昔の生活を知ることができる、というような感じだね。逆に、昔の生活を調べることで、今の生活に欠かせないものが見つかったりするんだ」  おじさんは楽しそうに言った。 「なんだか、大変そうだね」 「ははっ。そうでもないよ。いろんな場所に行って、いろんな人と話すことはとても楽しいからね。こうして君と話している間もね」 「今も?」 「うん、もちろん今も。最近の小学校で流行っていることなど、私は知らないからね。知らないことを知るのは楽しいよ」 「でも流行を知らないのはおじさんがテレビ見ないからだよ」 「そうかなぁ」  困ったように言って、おじさんはウニのような頭をモサモサと掻いた。  そんな話をしていると、やがて車は海沿いの道に降りて、背の高さがまばらな雑居ビルの立ち並ぶ街を走った。少しずつ昇っていく太陽と共に、街の気温がじわじわ上がっていくのを感じた。今日も一日暑くなりそうだ。 「もうすぐ着くよ」  おじさんはそう言ったけど、辺りにマンションや家っぽい建物は見当たらない。 「おじさんはこの辺りに住んでるの?」 「そうだよ」  僕の疑問をよそに、車は次第に細長い道を進んで灰色の雑居ビルの駐車場に入った。 「よし、到着」  おじさんはそう言ってエンジンを切った。  ──えっ!? ここ!?  僕らは車を降りて、人気のないビルのエントランスに入り、色褪せた水色の、今にも壊れそうなエレベーターに乗った。  せまいエレベーターは「ゴウンゴウン」と低い唸り声を上げながら、僕らを5階へと運んだ。  ドアが開くと、薄暗くて長い廊下が広がった。廊下の窓は全て開いていて、ぬるいビル風が入ってきた。耳を澄ませると遠くの蝉の鳴き声が聞こえる。  廊下の奥の方へ進むと、『502』と番号の書かれた部屋の前で止まった。 「ここが私たちの家だよ」   おじさんはそう言って鍵を開け、古そうなドアを開けた。
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