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雷ハンティング!
「ああ、いたぞ藍君!」
押し入れから天井裏に頭を突っ込んだ状態でおじさんが僕に言った。
「『いた』って何がいたのでしょうか、先生?」
僕の横で心配そうな表情をしているお姉さんがそう言った。今日、僕らはこのお姉さんのおうちに『お化け調査』をしに来ていた。今回のお化け調査の依頼人はこのお姉さんで、詳しくは聞いていないけど、お姉さんはおじさんの元教え子らしい。
おじさんはそんなお姉さんの質問に答えず、
「藍君、そこに置いてある網を取ってくれないか」
と手をパーにして僕に差し出す。だけど、頭を天井裏に突っ込んだままなせいで、差し出したその手は見当違いな方向を向いていた。
「はい!」
フラフラと宙を掻くその手首を掴んで、僕は網の持ち手部分を握らせた。おじさんはその網をゆっくりと天井裏に入れる。
「よぅし、大人しく……。そのまま」
おじさんが薄暗い屋根裏でそう呟いてまもなく、天井裏で何かがドタバタと暴れる音が聞こえた。
「よし、捕まえた」
そう言って、ウニのようにボサボサの頭に埃や蜘蛛の巣を絡ませたおじさんが網の柄を持って押入れから降りてきた。かけている丸いサングラスも埃で真っ白になっている。
「あの、黒澤先生。一体何を捕まえたのでしょうか……?」
お姉さんが尋ねる。
「君から受けた『夜な夜な天井裏から聞こえる怪音』という相談事の正体だね」
おじさんはそう言ってヘラっと笑う。真面目に言っているのか、冗談なのか相変わらずわからない。おじさんは網の柄を引っ張り、天井裏からそれを引き摺り下ろした。
「これが、怪音の正体?」
僕らは網を覗き込む。中に入っていたのは、もふもふとしたしっぽの長い、なんともかわいい顔をした動物だった。可愛いけれど体は大きい。網から出ようと必死に暴れている。
「こ、この動物は一体……」
「ハクビシンだね」
「ハクビシン?」
「雑食性の動物で、農作物を荒らす害獣として知られている。そして、こんな風によく人家に忍び込むことがある。屋根裏に住み着いて糞害や足音による騒音、そしてノミ・ダニなどをを持ち込むことがある。彼らはニンニクや木酢液などの匂いを嫌う。また寄りつかないように屋根裏の各所に忌避剤や燻煙剤を撒くといい。忌避剤はホームセンターに売っていると思う」
お姉さんにそう言うと、おじさんはハクビシンの入った網を持って外に出た。
出ていったおじさんを追いかける。おじさんは携帯でどこかに電話していた。
「そのハクビシンはどうするの?」
「知り合いの駆除業者に渡すよ。私はそれ以上のことはできないからね」
そう言っておじさんはため息を吐いた。
「今回も妖怪じゃなかったね」
「そうだね、そんな気はしていたけど」
「そうなの?」
「うん。だからうちの学生から捕獲用の網を借りてきたんだ」
残念そうにおじさんは言った。
「いつか『かれおばな』じゃない、本物の妖怪に会えるかな」
「どうだろうね。会えそうな気もするけどね」
「どうして?」
僕がそう訊くと、おじさんはニヤッと笑った。
「ハクビシンはね、とある妖怪の正体だと言われているんだ」
「そうなの!?」
「『雷獣』と言われる妖怪だ」
「ライジュウ……アニメのモンスターみたいな名前だね」
「ほぅ、そんなのがいるのかい。雷獣は山に住む獣と言われていてね。『桃山人夜話』という江戸時代の本にはこう書かれている。夕立の雲が現れるとき、目にも止まらぬ速さで動くが、普段は猫のようにおとなしい。そして、農作物を荒らすことがあるから、土地の者が雷獣を狩る。そのことを『雷狩り』というらしい」
おじさんは楽しそうにうんちくを話す。
「じゃあ、今日のも『雷狩り』になるってこと!?」
「そう……だね。そうなるね。時代を超えて妖怪退治をしてしまったよ」
ははっ、とおじさんは笑った。おじさんは本当に妖怪が好きみたいだ。
僕らは駆除業者の人が来るのを待ちながら、遠い夏の空を眺めた。
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