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東京の何処かの路地裏に、知る人ぞ知るカフェバーmakotoは今日もひっそり営業している。
迷い込んだ外国人観光客や仕事帰りの疲れ切ったサラリーマン、毎回違う女の子を連れてくる常連客、失恋して泣きながらバーテンダーに愚痴る常連客‥と様々な人がこのカフェバーmakotoに来店してくる。
とは言いつつも一見さんや若い女の子は滅多に来ないし、当然snsで調べてもほぼ出てこない、いわば穴場スポットである。
カフェバーmakotoはヨーロッパ風の内装とアンティーク調の家具が揃えてあり、店内は暖色の照明に照らされ、これがまたいい味を出している。
内装や家具はこのお店のオーナー兼バーテンダーである俺の叔父、結城真琴がこだわって選んだ物ばかり。
結果的に令和の時代からはほど遠いレトロなお店になったが、叔父が言うには「隠れ家的な雰囲気の店を欲してる人間は一定数居るからその狭い需要を取り込むことが経営戦略」なんだとか。
令和の時代、snsでバズれば客層は増えるのになと素人の俺でも思ったが、叔父は「有名になればこの店はありきたりで客にとって居心地が悪くなる」と有名になるようなことはあえてしないのだ。
何はともあれ叔父の開業したお店がかれこれもう三年もつづくのは今の時代ありがたい事なのは間違いない。
カランコロン、カロンコロン
入店を知らせるベルが心地よくも控えめにこの趣のある店内に鳴り響いた。
店内はすでに常連客が二名カウンターに隣同士座っており、世間話をしたり、時折バーテンダーである叔父に話しかけてみたりといつもの光景である。
俺の名前は結城秀斗。
この叔父の店、カフェバーmakotoでバイトをしつつ転職活動中の26歳、年齢イコール彼女なしの一般男性である。たぶん一般男性である‥
とは言いつつ、もうここで働き始めてかれこれ3年。
つまりニューオープンから働いている事になる。
ここで一生アルバイトとして働くわけないと思いつつも最近心の何処かで諦めてしまいつつある。
よし今夜は、今夜こそは‥と思いながらテーブルを拭いていた手を止め、すぐさまカランコロンと鳴った入り口の方へ顔を向けた。
一瞬期待した目はそれを見るなりまた一瞬にして興味を無くした。
来店してきたのは常連客の夏目伊織という男である。
「いらっしゃいませ」
夏目は俺を見るなり、クールな笑みで「いつものお願いします」と礼儀正しい口調で言った。
俺は「かしこまりました」と精一杯の営業スマイル(微笑)で返事をした。
オーナー兼バーテンダーをしている叔父は基本カウンターにいて、そこで注文を受けたお酒とつまみを叔父が作って提供している。
この時間帯の客は大体大量のお酒と少しのツマミで1時間くらい滞在する。
一方夏目伊織の頼むものは毎回オムライスとコーヒーだけ。
しかも3時間くらい滞在する。
オムライスは滅多に注文されない事や手間が掛かるメニュー故、値段は3000円と高めに設定している。
それをわざわざ注文するんだから3時間長居しても文句は言えない節がある。さらにお客も少ない為一人くらい長居してもそんなに問題ない。
正直もっとおいしくて安いファミレスとかそこら辺にたくさんあるのにといつも思うが。
カフェバーmakotoは一応ファミレスでよくあるオムライス、煮込みハンバーグ、ステーキ、フライドポテト、ピザ等もメニューに載っているが、この店の売りはお酒とつまみであり、それ以外はほとんど注文されない。
そしてご飯系のメニューは俺の仕事であるからして、注文を受けた俺は厨房に引っ込み、さっそく夏目伊織に注文されまくったことで鍛え上げられたオムライスを作り始めた。
オムライスはほんの10分程で作り終えた。
そして夏目のコーヒーはいつも食後に提供。これも俺が用意する係だ。
「ふぅ、今日は両面焦げてない、そんでこのトロトロ感はいい感じだ!このオムライス、ウザ夏目より天使メイちゃんに食べさせたかったな‥」
店内に置いてあるヴィンテージ物の古時計の針は7時半を指していた。
出来立て熱々のオムライスを夏目伊織の座っている3番テーブルの所へ運んでいく。
夏目伊織はいつも通り3番テーブルで読書をしている。
肩幅は華奢で背中が板のように細く、猫背気味。
毎回寝癖が見当たらない綺麗な黒髪。
夏目は前髪が目にかかっていても、足を組んでじっとしている。
そのすかした顔は天下一品級にウザい表情である。
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