アイドルのわたしは、誰にも必要とされていなかった

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結局、わたしは体調不良による休業という措置が取られた。とりあえず、落ち着こうと。落ち着いてから、正式な判断を下そうということになった。 一度口にしてしまった以上、わたしは自分の判断を変えるつもりはなかった。 わたしの休業は、人気グループということもあり、申し訳程度に報道はされたらしいが、特に話題にもならなかったらしい。 らしい、という伝聞なのは、母からの会話でしか聞いていないからだ。他のメンバーが活躍しているのを見たくも、聞きたくもなくて、あらゆる情報媒体を遮断した。 それを見聞きしたら、本当に、いらない、と言われるような気がして。 辞めるにしても、それを実感したら、立ち直れなくなる。普段の生活すら、ままならなくなる。 わたしは素顔を晒したまま、街中を歩く。そして、嘆息を吐く。 「誰もわたしに気が付かないか」 しかし、そんな日々は次第に変化していく。 それは驚くべき変化だった。 「あの……ユイハさんですよね?」 「え? ああ、はい」 なぜかわからないが、次第に、街中で声をかけられるようになってきたのだ。 それは日増しに多くなっていった。 わたしのうぬぼれじゃないことはたしかだ。正直、今まで、街中でわたしの名前を名指しして、声をかけられることはなかった。さすがにグループ名で声をかけられることはあったけれど。 「一体、どうなってるの?」 日増しにかけられる声は多くなり過ぎていた。素顔で街中を歩けば、ほぼほぼ声をかけられるようになっていた。 わたしは街中を早足で駆け抜ける。今日は事務所に呼ばれており、遅刻するわけにはいかなかったからだ。ちなみに今日はマスクと帽子を被っている。まさか自分がこんなことをする日が来るとは思わなかった。 「今のって、ユイハじゃない?」 「ユイハだ、ユイハ!」 「ユイハちゃんだよ、ユイハちゃ~ん」 それでも気が付かれた。 本当に、一体、何がどうなっているんだ。ゆっくり歩いているわけではないのに、次々と気がつかれ、声をかけられる。今までだったら、考えられない。 とにかく事務所に急ぐ。そこでなら、何かわかるかもしれないから。 そして、たどり着いた事務所では衝撃的な光景が広がっていた。 「本当に、すまなかったッ!」 社長が土下座をして、わたしを待っていた。いや、意味わからない! 「ちょっと、え、これ、何?」 困惑するわたしの横から美少女もといマナカが現れた。他のメンバーも一緒に現れる。 「ね、これでわかったでしょ?」 「……えっと、何が?」 冗談抜きで何が何だか、わけがわからない。わかったでしょって言われても、ただただ困る。 「……ユイちん、まさか報道関係全然見てないの?」 メンバーの一人が呆れたように言う。 「まあ、見てないけど」 「ユイユイ、やっぱし見てなかったよ! 何? 原始的な生活目指してんの?」 そんなわけあるか、とツッコミたくなる気持ちをぐっとこらえる。ライブ会場とかなら、絶対突っ込んでたけども。 「……ユーちゃん、らしいっちゃ、らしいけど」 もう一人のメンバーが苦笑する。 「ごめん、説明してもらっていい?」 マナカが一冊の雑誌をわたしに手渡してきた。そこには、わたしを除いたグループ全員の写真と共に「凋落!」と書かれていた。 内容に目を通すなり、わたしは苦笑した。メンバーの失態がずらずらと書かれていた。最も、わたしにとっては、別に驚くべきものではない。よく知っているメンバーの生態でしかなかった。 「これって……」 「ユイハが思っているとおり、ユイハが抜けた後のグループはボロボロになった。自分で言うのもあれだけど、酷い有様よ」 言いながら、テレビをつけ、動画を再生する。生歌の番組でメンバーが衝突し、フォーメーションがめちゃくちゃになっていた。おまけに二人も歌詞を間違えている。 別の動画も再生される。学園祭での一幕のようだが、歌と歌の合間のトークの場面で掛け合いが全く面白くなかった。マナカが何とかしようともがいているのはわかるが、他の三人は緊張してしまい、コミュニケーションが取れておらず、トークが破滅的につまらない。トークテーマすらわからない有様だ。 更に別の動画が再生。小規模のアイドルフェスだが、メンバーが一人足りていない。 「えへへ、わたしが遅刻しちまったんだぜい」 きらん、と星でも出てきそうなピースと舌出しを見せてくる。 「ユイちんが起こさないのが悪い」 わたしのせいにすんな! 自分で起きろ! 何歳だ! そういえば、このメンバーを遅刻させないようにするのは、わたしの役目になっていたような気がする。寝坊する時間を加味して、嘘の集合時間を教えたり、電車の降り口までの行き方を教えたりしていた。 「と、まあ、こんな感じでわたしたちは酷い有様だったわけ」 酷い有様という言葉で収まらない程の惨状と言っていい。雑誌の記者の書きぶりは、まだ手加減を感じる程だ。 「どうしてこんなことになったの?」 「……この段階になっても、まだわからないの?」 マナカが嘆息を吐く。 「ユイハがいないからよ」 わたしはきょとんとする。 「わたしがいないから?」 「そう、この間も言ったけど、ユイハはこのグループの要なの。ユイハがグループの中心」 「いやいやいやいや! グループの中心はマナカでしょ!」 「たしかにわたしはセンターを務めてる。わたしはパフォーマンスには長けてるっていう自負はあるわ。だけど、それ以外のことは不得手。あのトーク見てもわかるでしょ?」 お世辞にも否定はできなかった。マナカだけが悪いわけではないけれど、まあ、酷すぎる。 「いつも、ユイハが上手く、わたしたちのバランスを取ってくれていたの。遅刻は論外としても、フォーメーションの崩壊もユイハがいれば、防げていた」 「フォーメーションが崩れたのは、わたしがいなくなって、変更があったからじゃないの?」 違う、とマナカは断言する。 「フォーメーションが崩れそうになると、いつもユイハが間に入ってくれたり、アイコンタクトで位置の修正をしてくれる。わたしがあるフェスで立ち位置を間違った時、ユイハは自分とわたしの位置を入れ替えたでしょ」 たしかにそんなこともあったっけ。自分なりに必死で動いているので、フォローする意図はなく、偶然だとは思うけど。 別のメンバーが次々に口を開き始める。 「……わたしはいつもダンスを覚えるのが苦手で、よく間違えそうになる。だけど、間違えそうになる前にユーちゃんのダンスを見て、参考にして、何とか修正できてる。でも、ユーちゃんがいなくなって、それができなくて、何度も間違えた」 「ユイちんがいつもニコニコ笑顔でトークしてくれて、話をうまく盛り上げたり、突っ込んだりしてくれるおかげで、わたしたち、何とかなってたんだよ」 「ユイユイがいなくなって、崩壊するかもなあって思ってたら、案の定だったよ! これでも、何とかしようとしたんだけどね。目覚ましい時計、二十個鳴らしたり」 もはや、それで遅刻できるんだから感心する。トークのネタには十分なりそうだな、と脳内で勝手にメモがなされた。 「わたしたちは見事なまでに生き恥を晒した。それで、なんでこんな事態になったのかってファンが検証を始めたの。結論は言うまでもないけれど、ユイハの休業が答え。そして、ユイハが今までどれほどこのグループに貢献していたのかまでも検証されて、ユイハこそが真のセンターだって、認識されたわけ」 言いながら、マナカはわたしに厚い資料を手渡してくる。それはSNSのつぶやきを集めたものだった。そこには、わたしを称賛するつぶやきが並んでいた。そして、謝罪するようなつぶやきも。 「今まで、ユイハちゃんの実力に気づけてなかった自分が恥ずかしい」 「ユイハ、俺が悪かった! ユイハのサイリウム、購入したよ!」 「早く良くなるといいな、ユイハちゃん(じゃないとグループが崩壊する)」 もちろん、つぶやきなんてものは、マイナスなことも書かれているのが常だ。良いことしか書いていないこの資料は、メンバーがわたしのためにまとめてくれたものだろう。 それでも、今まで、全くと言っていいほどつぶやかれていなかったわたしにしてみれば、つぶやきがあったという事実だけで、心が震える。 「これでわかったでしょ、ユイハ。ユイハはこのグループに必要なの! ユイハはこのグループにいないと、このグループはグループとして存続できないの!」 「俺からも頼む! ユイハ、このグループにいてくれ! 契約金額も見直しさせてもらった! 申し訳ない! お前の実力をわかってやらないといけない俺が、きちんとわかってやれていなかった!」 社長はわたしの目をじっと見つめた。 「いや、違うな。俺たちはずっとユイハに頼ってたんだ。甘えていたんだ。ユイハだったら許してくれる。ユイハだったらわかってくれる。ユイハだったら何とかしてくれるって。そして、それが当たり前になっていた」 社長が脳天を床にこすりつける。 「本当に、申し訳ない!」 社長が本気で言っていることは伝わってきた。それに、メンバーの想いもわかった。 だからこそ、言葉にする。 「いや、もっと自分たちで頑張りなよ。わたしに甘えんな」 その言葉に、全員が面喰った表情をした。そして、今にも泣き出しそうになるメンバーもいた。 マナカに至っては泣いていた。憤怒の表情で、目を見開きながら。 わたしは資料を整え、テレビを消す。 恐らく、全員、わたしがグループから脱退する言葉だと思ったのだろう。 正直、それでもいいと思っている。 けれど、多分、ここで辞めてしまったら、わたしは絶対に後悔する。わたしを認めてくれる人たちがいる。認めてくれていた人たちが、ここにいる。 それに報いたいと思う、自分の心を無視することになるから。 「でも、まあ、しばらくはグループにはいる。手のかかる子たちをこのままにしておくわけにもいかないから」 わたしは立ち上がる そして、マナカに手を差し出す。 「これからもよろしくね」 マナカは相好を崩し、大泣きを始めた。他のメンバーもほっとした表情で涙を流し始める。 社長は虚脱し、ぽかんとして、良かった良かったと繰り返していた。 どうやら、わたしは本当にこのグループをどうにかしなければならないらしい。 思わず苦笑が漏れた。 わたし、一番年下なのにな。 ~FIN~
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