アイドルのわたしは、誰にも必要とされていなかった

1/3
前へ
/3ページ
次へ
「これで契約更新完了っと」 わたしは対面する事務所の社長の顔ではなく、契約書を眺めていた。 契約内容に一切の変更はない。金額も条件も何もかも。 「これからもよろしくね」 「……はい」 それだけ言うと、席を立ち、部屋を後にした。 わたしはアイドルグループに所属している。その契約更新が完了したのだ。 わたしの所属しているアイドルグループは五人からなる。これは社長が戦隊ものが好きで、戦隊ものは五人だから、というのが理由らしい。 最も、後でキャラが追加されるのも戦隊ものの特徴だから、それもありうるけどね、とも言っていた。 ちなみに、デビューから一年が経ち、人気はそれなりに出てきていた。さすがにドームを抑えられるほどの集客力はないが、中規模程度の会場なら満席にはなる。 しかし、契約内容は変わらなかった。少しも、変わらなかった。 今日は契約更改だけなので、荷物をまとめる。 「これで良かったのかな」 中学生の時に事務所に所属し始めたが、それと同時にデビューしている。俳優を主体に活動している事務所だったが、アイドルグループを新規で立ち上げることになり、たまたまわたしに声がかかったのだ。 わたしは二つ返事で快諾した。これはチャンスだと、自分を奮い立たせた。頑張るぞ、と何度も気合を入れたものだ。 しかし、わたしはグループの完全な添え物だった。いや、添え物にもなれていないか。 グループが一気に有名になることができたのは、圧倒的な存在感を兼ね備え、歌も踊りもできる、完璧で無敵なセンターの存在のおかげだった。 実のところ、アイドルグループの立ち上げはこの彼女のために行われたと言っても過言ではない。要するにわたしを含め、他の四人は数合わせに過ぎなかった。 「こんにちは」 ……そのセンターが事務所に入ってきた。そういえば、わたしの後に、契約更改をするとか言ってたっけ。 「マナカ、やほ~」 わたしは笑顔を張り付け、わたしたちの中心であるマナカに片手を上げた。 「ユイハも契約更改?」 「そうそう! マナカもでしょ?」 「そうだよ。契約、どうだった? 人気出たから、増えたかな?」 わたしは首を横に振る。 「わたしは一切変わりなしだよ」 その言葉に、マナカの眉間が寄った。軽く下唇も感だ。不快感がある時のマナカの癖だ。 「でも、マナカは違うと思うけど。お金、がっぽり増えるんじゃない? わたしたちの活躍はマナカのおかげだもん!」 自分で口にしてから、自分で勝手に傷つく。 「……わたしは、そう思ってない。わたしだけなら、多分、人気にならずに芸能活動辞めてたと思う」 少しイラっとしてしまう。マナカは可愛い。飛び切り可愛い。聞けば、この事務所に所属する前から、いくつもの事務所から声をかけられていた。大手の名前はずらりと並んでいたし、それも幼少期の頃から。 この事務所にいることが謎ではあるのだが、マナカにはそれを質問できないでいる。 マナカは纏っている雰囲気が人とは決定的に違う。引力、とでも表現したらいいだろうか。人を惹きつける何かを常にほのかに香らせている。 一方で、自分の中に人を踏み込ませないようなミステリアスな雰囲気も持っていた。 可愛いいのに、どこかミステリアス。それがマナカだった。 「ホントに~? マナカ一人だって、人気出たでしょ。ほら、今度だって主演で映画撮るんでしょ?」 「映画は撮るけど、それはユイハも一緒だから」 「わたしはバーターってやつよ。マナカのね。だから、大した役はもらってないよ。マナカのクラスメートBだったはず」 また、傷つく。たしかにわたしは映画に出る。でも、役の名前すらない端役だ。学園物のため、マナカと一緒のシーンは多いが、エキストラも同然だ。わたしだけのシーンなんて存在しない。 言ってしまえば、わたしはマナカの休憩中などの話し相手として、現場に行く。これは社長からも言われていることだ。要するに、マナカの精神面のフォローのためだ。 「……わたしは、今のグループが人気あるのって、ユイハのおかげだって思ってる」 「お世辞でもありがと!」 奥歯を噛み締めたい気持ちになる。マナカのお世辞が心に突き刺さって来る。 わたしのおかげで人気? 笑わせてくれる。ライブ会場でわたしのサイリウムが何本あるか知ってる? 知ってて言ってる? 知らないよね? マナカのサイリウムは数えきれない程掲げられてるよね。だけど、わたしのサイリウムは、数本だけだ。同じ添え物の三人だって、数十はあるのに。わたしは片手で足りる程度しかない。 それで、わたしのおかげで人気があるって? 冗談にしたって酷い。 でも、それを口にしたりはしない。口にしたところで、グループの雰囲気が悪くなるだけだ。感情で動いたって、仕方がない。 「そろそろ、わたし行くね!」 「あ、ユイハ!」 わたしはせめてもの強がりで泣かないようにするのが精いっぱいだった。一言でも言葉を発すれば、涙が堰を切ったように出てきてしまう。 口を真一文字に結び、事務所を飛び出した。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加