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「サワヤカに最後の告白をしにいこうと思うんだけど、一緒に来てくれない?」  夢の中で橋山くんはそう言った。私も橋山くんもサワヤカはもういないことを知っているようだった。その夢をみながら、私は別の記憶を拾い出していた。橋山くんがはじめてサワヤカへの想いを私に打ち明けてきたのは高校二年の九月末ではなかったか。桜が咲いていたような気もするのだけど。どちらの記憶が本当かはもうわからない。どうしてふたりきりだったのか。委員会に参加していつもよりも帰りが遅くなったとか。面倒くさくて授業をさぼったとか。記憶には残っていない。だから、ふたりで居残って日直の仕事をしていた、なんて高校生らしい理由をつけくわえておくことにする。他にも好きなシチュエーションをあてがっていただければ幸いだ。とにかく、なんらかの理由で私はサワヤカとは一緒ではなくて、たまたま橋山くんと電車のホームで隣り合ったのだ。お互い無視すべきか悩む空気が生まれた。やってきた電車はがらがらで、最寄りの駅はおんなじで、曖昧な距離を保ったまま何にもない一本道を歩く。 「あ、あのさ~」  どこから出たのか首をかしげたくなる突飛な声がした。もちろん橋山くんだった。あのさ~、の矛先は私で間違いないか他に誰もいない道を確認する。その場に存在する生物はどうやら他には私だけであることを確認してから、 「私?」  と返事をした。 「あ、うん」  天使もびっくりしそうな変な空気が通り過ぎた。私も橋山くんも、同級生とさわやかにトークできるほど青春に慣れていなかった。  さらに三人ぐらい戸惑ったままの天使とすれ違う。  あの頃は、声のだしかた、前髪の角度、使う言葉。私には違いが分からないことなのに、皆にはそう言う些細なことで私の中がどこまでもみえてしまう。そう思い込んでいた。肝心なことを伝えたいと思う以前に、重要ではない気持ちがみんなから外れていなことにほっとしていた。今私が生きている大人の社会よりもずっと過酷だった。  高校生の私は、たとえぱっとしない橋山くん相手であろうと、気が利かないと思われるようなことは言えんと焦っていた。すこし迷ったが、あまりに天使がたくさん通り過ぎていくので口を開いてみることにした。 「サワヤカのこと?」 「なんでわかるの?」  まん丸の目を見開く橋山くんが可愛くみえた。少し気がゆるんだ。 「ま、ね」  気づかれていないと思っていたことに驚きだ。だけどそんな素振りは出さずに、唇に人差し指をあてて、秘密めいて微笑んで見せた。そういうの魅惑的なつもりだったのだ。橋山くんはそんな一世一代の私の仕掛けをまったく見ずに、ようやく話はじめた。 「サワヤカって、星みたいだよなー」  意味が分からなすぎた。心の仕切りがゆるむ。素直な気持ちが口から飛び出る。 「でかくない? 惑星サイズじゃ教室には収まらないよ」 「え。あぁ。じゃあ海っぽいなぁーって」 「砂、じゃりじゃりするよ? 砂がつくと気持ち悪いし日焼けもするし」 「え? え・・・」 「ちゃんと橋山くんが本当に好きなものにたとえてよ」 「じゃ、じゃあ・・・・・・ハンバーガー」 「サワヤカも大好きだよハンバーガ」 「ほんと!?」  橋山くんは世界の真実をみつけたように声をあげて笑った。  私は恋が上手くいったという経験があまりない。いまだに、父のように唄に乗せて愛を叫べるようになれなていない。そんなわびしい恋愛経験値の私でも、恋とは恥ずかしくて、ぐにゃぐにゃして、だけど力を持っているんだなと知る。 「すごいな。僕とサワヤカにはそんな共通点があったんだ。運命じゃないか」  額の汗を光らせてにこにこと笑う橋山くん。 「べつにハンバーガはそんなたいした食べ物じゃ・・・・・・」  私は一応常識的なことを言いかけたが、その時にはすっかり橋山くんは盛り上がっていた。恋愛経験の乏しいときほど、ささいなことで燃え上がりやすいのだ。なんなら私が身体を張って橋山くんの手でもこの瞬間に握って見せていたら、違う燃え上がり方をしたかもしれない。 「おめでとう」  結局私は橋山くんが燃え上がるだけ燃え上がることができるよう燃料をくべた。  翌週の教室に、橋山くんの声が響いた。 「君は僕のハンバーガだぁぁぁ」  感想の子細は控えます。  それでふっきれたのか橋山くんは何度も何度もサワヤカに告ったけど、以降は私にアドバイスを求めることはなかった。なのに、どうして私にこんなことを言うのか。夢とは言え、私は悩んでいた。私が想像できる全部を超えていたので、悩むのはやめて「いいよ」と返事をして目が覚めた。  何かが私と橋山くんの間だでつながったのだろうか。  すっかり目が覚めてしまった。手に入れたものを頭に泳がしてみる。父の歌がふきこまれていたカセットテープ、橋山くんとクッキーの手袋、月野と月野姉とカフェ店長の恋にまつわるらしい緑の指輪。熱いものだったり、熱さの理由がよくわからないものもある。こうして手に取ると落とし物たちの中にとどまって揺れていたものがひらひらする。私の中では、うまくつかまえられない気持ちを教わっていく。マニキュアはどんな思い出があったっけ? すべてを包むような黄色い布が脳裏をはためいた。つなげられるものはつなげたほうがいいよ。サワヤカの声が言う。そうしよう。
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