瀕死のあげは蝶

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駅の構内にあげは蝶 人々が往き交う床の上で 黒とブルーの美しい羽を弱々しく震わせて ひっそりと危う気に其処に居る あなた どうしたの? こんな所に居たら踏まれちゃうわよ 前屈みになって私は尋ねる 飛べないの? と けれど私に蝶の言葉が分かる筈も無く 私はどうしたものかと途方に暮れる 私の両手にはスーパーで買った物が そして私は手が汚れる事を懸念する 蛾ではなく美しい蝶でも 触ったらこの指に鱗粉が 少し離れた場所で躊躇っていると 蝶の後方から大きな革靴の足 それは蝶を蹴飛ばして 何事も無かったかのように去って行った 私は慌てて蝶に近寄り 無事を確認して胸を撫で下ろす あの大きな足に踏み潰されていなかった事に安堵する 人間はとても怖いものだから こんな所に居たら踏み付けにされてしまう 呆気無く ぺしゃんこに 私は手が汚れるのを気にし乍ら バッグを肩に掛け片手を空けて 指先で蝶の羽をつまみ上げ 人通りの無い壁際へと移動させた けれど 外の植え込みのほうがいいのか 花の蜜を吸えば少しは元気になるかもしれない でも 今日は外は真夏のような暑さ そして外には 天敵の鳥や虫が沢山いる 弱っている蝶など 真っ先に標的にされてしまう 私の脳裏を残酷な場面が掠めてゆく 鳥に突つかれ一呑みにされてしまうこの蝶が 無数の蟻に集られ 少しずつ蝕まれてゆくその姿が 私はまた途方に暮れる 此処に居たほうがまだ涼しいし 天敵に襲われる危険は少ない筈 そう思って私はその場を離れる 家に帰ってやらなければならない事が 取り敢えず食品を冷蔵庫に入れて ゴミ出しの準備もしなければ そう思い乍ら 私は自分の決断が正しかったのか ずっと思い悩んでいる 明日には あの美しいあげは蝶は あの薄汚い床の上で 息絶えているかもしれない ただのゴミとして 他のゴミと一緒に 掃き捨てられているかもしれない 疲れた頭で私は考える 家に帰って荷物を置いたら もう一度様子を見に行ってみようと ”ねぇ” ”あなたはどうしてほしい?” もう助からない命かもしれないけれど 私には助けてあげる事は出来ないけれど それでも せめて最期の時を あなたの望む場所で迎えられるように 運んであげる事は出来るかもしれない あの蝶の答えが分かればいいのにと ずっと頭の中で蝶に問い掛けている ずっと どうすればいいのか途方に暮れている それと同時に もう私には分かっている 一度家に帰ってしまったら もう私は あの場所に戻る事は無いだろうと 私は私の事で精一杯 死にかけている蝶の事で これ以上頭を悩ませている余裕など ありはしないのだと 自分もあの蝶と同じ 弱って息も絶え絶えの 死に損ないなのだからと 望む場所に行く事も出来ない 壊れ物なのだからと― (2023年6月19日作の詩) 5月の暑い日に、スーパーで買い物した帰りに実際にあった出来事を詩にしたもの 蝶に話し掛けてるって、傍から見たら変な人
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