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はたと気づいた。
とどのつまりは、そういうことなのだろう。誰からも気づかれなくて良い……と言ったところで、どうせ近くでワイワイしている集団を見かけたら横目でちらりと窺ってしまう。わざと足音を出してみたり、咳払いをしてみたりして、自分の存在をそれとなく匂わせようとする。けれど自分から声をかけることは怖くてできない。それがユウカと出会う前までの、僕の姿だった。
困っている人を助けたいという気持ちは間違いなく存在した。でも、実は裏返してみると「誰かのために力を尽くす自分」のことを、誰かに褒めてほしかったのかもしれない。僕は透明である以前に、ただの人間だった。そのことに気づかせてくれたのは、ユウカだ。
さて、困ってしまった。これでは僕がユウカを助けたのか、あるいは僕がユウカに救われたのかが、自分の中でごちゃごちゃになってしまう。
「たぶん、きみは一人ぼっちだといつまで経っても透明なまんまだよねえ」
否定することができない。それでも何か言い返したいと思う気持ちはあった。でも、今の僕は声を発するより先に気がついてしまった。
少なくとも今日の僕は、ユウカに勝てない。仮に今後いつか勝てたとしても、勝率は一割にも満たなさそうだ。
互いを隔てて一人分くらいの空間があったソファの上で、ユウカが僕の方に身体をすべらせてきたことで、それを悟った。
ユウカは僕の顔を見つめながら、にやにやと笑みを浮かべている。
「だから、あたしがとことん自分の色で汚してあげるからさ。きみのことを」
ユウカに触れられた部分が、かぁっと熱を帯びてゆく。たとえ実体が見えていなくても、サーモグラフィーを通されれば、あっけないほど簡単に居場所がばれてしまうに違いない。
ほらな、やっぱり無理なんだよ。透明人間になろうだなんて。
その感覚を味わいながら、僕はかつての斜に構えた自分の価値観を、ためらわずゴミ箱に捨てた。
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