透明

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 ***  初対面のときは苦痛に歪んでいた表情が、今は僕の隣で、あくびの後にやってくるぼんやりした倦怠感にとろけていた。彼女がもつ、目鼻立ちのよいその横顔に「あのさ」と僕は静かに踏み込んでいく。 「なんで、ユウカは僕みたいな男を選んだのさ。確かに僕はユウカのピンチを救ったかもしれないけど、だったらそれだけでもよかったんじゃないのか」  あの日の彼女、ユウカは紆余曲折を経て名実ともに僕の「彼女」になったわけだが、今でもわからないことがあった。困っている人を助けるのなんて、一部のサイコな人間を除けば至極当たり前のことであって、僕からしてみれば取り立ててたいしたことなどしていない。僕が直接無影灯の下で彼女の胸にメスを入れたわけでもないし、甲斐甲斐しくお見舞いに足を運んだわけでもない。数字のボタンを三度タップして、電話に出た相手へありのままの状況を伝えただけだ。  たとえきみが自分のことをどれだけ卑下しても、あたしを拾い上げてくれたのは、間違いなくきみなんだよ。  かつてユウカはそんなことを言っていた。その結果が今なわけだが、だからって恋人としての付き合いにまで至るものだろうか。  ユウカに対して僕が投げかけた質問は、聞き方によっては自分への好意を疑問視せざるを得ないものだった。僕はいつもそのことに、声帯を震わせてしまってから気づく。けれどユウカは(はい、はい。わかってますよ)みたいな笑い方をしながら、するりと言葉を滑らせてきた。 「強いて言うなら、きみが透明人間みたいな人だったから」
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