透明

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 特に目立った良さもなく、存在感もなかった。自分が自分であるという認識すら危うかった。今にして思えば、あれは本当に自分が壊れてしまうことを避けるための防衛反応だったような気がしている。自分の身に降り掛かっていることだ……と認識したら最後、ああ自分なんていてもいなくても同じなんですね、と簡単に現実からログアウトしてしまいそうな危うさが、当時の自分をオーラのように包み込んでいたと思う。  他人に近づいたりしなければ、侵されることもなく、侵すこともない。それが自分の処世術でもあった。自分が誰かの一部になることも嫌だったし、自分の中に誰かが入り込んでくるのも抵抗感があった。自分が自分でなくなってしまうかもしれない……などと、たいした立派な自分自身すらなかったのに、一丁前にそう思っていた。  特徴もいいところも、能力もない、透明人間のような存在。本当にそうであるならば、透明人間に求められているのは、他の何者にも知覚されず、ただ黙っていること。存在すら感じさせないこと。それが僕にはできる気がしていた。  でも、結局はできなかった。  可能な限り他人に近づかないようにしようと思っていた僕が唯一拒否したのは、困っている人が目の前にいるにもかかわらず、知らないふりで素通りをすることだったからだ。
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