其の一.何かいる。

1/6
前へ
/213ページ
次へ

其の一.何かいる。

 破れかけの襖の奥に詰め込まれた、カビ臭い布団の山。ここ数日めっきり冷え込んできた朝晩の空気に耐えきれず、昨夜そこから半年ぶりに掛け布団を引っ張り出した。  下の方から無理やり引っ張り出したから、つられてはみ出た布団に引っかかって襖が閉まらなくなってしまった。もう日付も変わっていたし、何だかひどく疲れていたから、明日の朝に片付けるつもりで俺はそのまま寝たんだ。  夜中、嫌な夢で目が覚めた。  ダムに墜ちる夢。  ダムのてっぺんから墜ちた俺が、絶叫マシン並の落下速度で水面に激突し、そのまま魚かき分けて水底まで突進して、底を突き抜けて出たところは俺んちの古くさいフロだった。  風呂桶から顔出したら死んだ母ちゃんがフロ掃除してて、驚くそぶりもなく涼しい顔で「あら、おかえり」なんてのたまいやがる。訳分からんが、まあとにかくそこで目が覚めた。  ふざけた夢とはいえ結構怖かったらしく、脈は速いし、背中は汗が冷えて寒いし、結構しっかり覚醒してるし、小便もいきたかったから、取りあえず時間を確認しようと枕もとの目覚まし時計を手に取った。  デジタル時計の無機質な数字が、冷然と3:00を示している。  八つ当たり的な憤まんを振り向けつつ時計を枕元に置いたとき、その流れで何となく目の前の押し入れに目が向いた。  そのまま何事もなく移動するはずだった視線が、吸い付けられたかのようにそこで停止する。  何かいる。
/213ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加