其の一.何かいる。

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 通りを照らす街路灯の白っぽい光が遮光カーテンの隙間から差し込み、部屋はぼんやりと薄墨色に染まっている。そのほの暗い部屋の、入口脇に設えられている押し入れの、昨夜閉めるのを断念したために半分開け放たれたままになっている襖の奥は、漆黒の闇に閉ざされて何も見えない。  何も見えないはずなんだ。  でも、確かにそこに何かいる。  眼を細めて押し入れの奥を注視してみるも、もともと俺は目が良くない。視力検査では一番上のCマークがどっちを向いてるのかさえ分からないから、日中はコンタクトか眼鏡が手放せない人間だ。そんな人間に、薄暗がりの中で真っ暗闇の押し入れの奥に何があるか見極めるのは無理ゲーに近い。早々に裸眼で見極めるのを諦めた俺は、枕元の眼鏡をかけて立ち上がった。  鋭く冷たい夜の空気が、寝間着一枚の肌にキリリとからみつく。   いくぶん速い拍動をこめかみのあたりに感じつつ、裸足の足裏に畳の微妙な冷んやり感を刻みながら、ゆっくりと押し入れに歩み寄る。  黒々とした長方形の上半分、布団の端切れだけがやけに白く浮かび上がるその暗黒の空間に、見慣れた寝具どもにまぎれて、確かになにか見慣れないものがある気がする。眼鏡をかけてもこの暗さだ。はっきり見えるわけもない。それでも、眼を細めて暗闇の向こうをすかし見る。  と、闇の向こう、敷き布団とそば殻枕に挟まれるようにして丸まっていたその「何か」が、ふいに動いた。  ドキッとして思わず呼吸を止めた俺の視界に、暗闇に浮かび上がるようにして、鈍い光を放つ二つの丸いもの――大きさと配置からして、生き物の目としか思えない――が映りこむ。
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