大魔王、無事就職する

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大魔王、無事就職する

「はわわわ! 助けてください、フィオ社長ーーーー!」 「なんだ!?」  夜空にそびえ立つ超巨大タワーマンション、ソルレオーネの前で言い合うフィオとエクスの耳に、助けを求める少年の声が響く。  そしてそれと同時。  道行く人々の頭上でマンションの一角が大爆発を起こし、燃えさかる炎に身を包んだムキムキの男と、全身を凍てつく冷気で覆う女性が飛び出してきたのだ。 「いきなり爆発したぞ!? なんだあの者どもは!?」 「君は……管理人見習いのテトラ君だね。そんなに慌ててどうしたんだい?」 「はぁっ……! はぁっ……! そ、それが……っ」  爆発に目を奪われる二人の前に駆け込んできたのは、ふわふわの金髪に透き通った青い瞳を持つ少年。  テトラと呼ばれた管理人見習いの少年は、息も絶え絶えのままフィオに助けを求める。 「炎の魔人のブレイズさんと、氷雪魔道士のクーラさんがケンカを始めちゃったんです~~っ!」 「どうしてアンタっていっつもそうなの!? なにかあれば大声で叫んで、勝手に興奮して部屋を燃やして! せっかく二人で選んだカーテンも燃えちゃったじゃない!」 「だから悪かったって言ってるだロォ!? けどオレ様は炎の魔人だからよォ! この燃えたぎる熱い炎を消すことは誰にもできないんだゼェ!」 「そーいうところを直してって言ってるのよ!」  言い争いながら、マンションそばの空中で激突する炎と氷。  それは辺りに猛烈な火の粉と雪を降らせたが、幸いなことに互いの力が拮抗して相殺され、ひとまず周囲に被害が及ぶ様子はなかった。 「ふむ……たしかに争ってはいるが、どうも互いに気心は知れているように見えるな」 「それはそうさ。あの二人は〝恋人同士〟だからね。このマンションで念願の二人暮らしを始めた、人とモンスターのカップルだよ」 「人とモンスターの? そうか……」 「そ、そうなんですっ! いつもはとっても仲良しでラブラブなんですけど、今日はそうじゃないみたいでっ!」  かつては存在しなかった異種族同士のカップル。  その話を聞いたエクスが、どこか感慨深げな眼差しを二人に向ける。 「ねえエクス……たった十年で人とモンスターがこんなに仲良くなれたのは、君が恐ろしい大魔王のままでいてくれたからじゃないか。でもそれももう十分……これからは、君だって幸せになっていいはずだ」 「フィオ……」 「このマンションはね……私が君に見せると約束した、人とモンスターが一緒に暮らす新しい社会の象徴なんだ。だからエクス……また私と一緒に、ここでみんなの幸せを守ろう。そして、そのまま私と籍も入れて欲しいッッ!」  エクスを見上げ、祈るように懇願するフィオ。  まっすぐに自分を見つめるフィオの赤い瞳を見たエクスは、その瞳の中に勇者だった頃の彼女の姿を重ね、やがて観念したように大きなため息をついた。 「わかった……ならばこの大魔王エクス、貴様の望み通りこのマンションの管理人になってやる!」 「ありがとうエクス……! ならさっそくこの婚姻届にサインを――!」 「うぐっ!? そ、そっちはもう少し待つのだ! その、なんだ……俺も貴様のことは憎からず思ってはいる! しかし俺は貴様に養われるつもりも、ヒモ大魔王になるつもりもない! 貴様と籍を入れるのは、ここの管理人として立派に身を立ててからでなくては!」 「えーーーー? つまんなーい! ぶーぶー!」 「だ、大魔王エクスって……? もしかして……この人が!?」  すでに全ての記入欄が埋められた婚姻届にサインを求めるフィオに気圧されつつも、決意を固めたエクスはその全身から邪悪な大魔王パワーを放出する。 「ぴええええっ!?」 「ミャー?」 「そうと決まれば、まずは管理人としてあの二人の争いを止めねばなるまい! 近隣住民と入居者に迷惑だからな!」 「ぶぅ……仕方ないね。じゃあ頼んだよ、エクス」 「任せておけ勇者よ!」  互いに深い信頼と想いの込められた視線を交えると、エクスはすぐさまその場から飛翔。  今も空中で激しい魔法戦を繰り広げるカップルの元に一瞬で飛び込むと、二人が放つ氷と炎の爆発を一瞬でかき消して見せた。 「待て待て待てーーーーい! 痴話ゲンカならば、周りに迷惑をかけぬ場所でするのだ! ここは公共の場だぞ!」 「なんだテメェ!?」 「私たちの邪魔しないで!」 「そうはいかん! 貴様らはようやくこのマンションで一緒になれたのだろう!? これ以上周囲に被害が出れば、その生活も続けられなくなるのだぞ!? 本当にそれでもいいのか!?」 「うえっ!?」 「そ、それは……っ」  上空を見上げる人々の視線の先。  突然乱入してきたエクスの言葉に、ブレイズとクーラは目を見開いて攻撃の手を止める。 「たとえ離れていても想いを育み続けた貴様らならば、二人で共に暮らすことの喜びも、大変さもわかるはずだ。そしてここで暮らしているのは、貴様ら二人だけでもない……そうであろう?」  激しい戦いが止まり、静まりかえったマンションの前。  そこに圧倒的な威厳とカリスマ、そして優しさを宿したエクスの声が響く。 「ご、ごめんなさい……私、彼が興奮するとぜんぜん話を聞いてくれなくなるから……それで、ついかっとなって……」 「オレ様も……気分がノってるところに、クーラに水を差された感じがしちまって……その、もうしわけねぇ……」 「二人とも、さっきまであんなにケンカしてたのに……」 「ふふ……あれがエクスの大魔王としての本当の力さ。誰もが無視できない絶対的な存在感。そしてどんな相手にも届く謎の魅力……この十年間、エクスは自分でその力を封印してたみたいだけどね」  それは、あまりにも不思議な光景だった。  それまで激しく争っていた二人はエクスの声によって正気を取り戻すと、二人そろってエクスに頭を下げたのだ。 「わかってくれれば良いのだ! 貴様らのように、人とモンスターの新しい縁が生まれるきっかけとなれたのなら、俺の十年も無駄ではなかったのかもしれんな!」 「でも、私たちのせいでマンションが……っ」 「そ、そうだゼェ!? オレ様の稼ぎで払えるのか!?」 「クックック……なぁに、案ずることはない。なにもかもこの俺に任せておけ! 必殺――反転する大魔王(シャドウリバース)!」  正気に戻り、自分たちの争いによる被害に慌てふためく二人。  だがそんな二人にエクスは余裕の笑みを浮かべると、漆黒のコートをはためかせて強大な大魔王パワーを放出。  破壊されたベランダも、ケンカで燃えたというカーテンも、すべてをあっという間に修復してしまったのだ。 「ええええっ!? こ、これって、伝説の時空間魔法じゃないの!?」 「ま、マジかよ……! なにモンだアンタ!?」 「ナーーーーハッハッハ! 俺の名はエクス! このマンションの新しい管理人だ! これからも、なにかあれば遠慮せず俺を頼るがいいぞ! ファーーーーッハッハッハ!」 「なんでもありじゃないですかこの人ーーーー!?」 「見事だエクス! ああ……だから私は君のことがたまらなく好きなんだよっ!」 「ミャーミャー」  青白い月に照らされた超巨大タワーマンション、ソルレオーネ。  その威容を背に高らかに笑うエクスの姿には、つい数時間前までのしなびた大魔王の面影はもはやない。  こうして――十年の無職生活に終わりを告げ、第二の人生を歩み始めた元大魔王。  多くの種族が手を取り合い、時に衝突しながら暮らすこのファンタジー世界の闇鍋で、彼を待ち受ける運命はいかに――。
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