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大魔王の初仕事
「おはようございます、大魔王さまっ!」
「ファーーーーッハッハッハ! 見事な挨拶だ小僧! 我が名はロード・エクス! 今日からここで管理人として働いてやる。光栄に思うがいい!」
「ぼくはテトラ・カスタードっていいます。今日からよろしくおねがいしますっ」
早朝の管理人室。
普段着である漆黒のロングコートに、かわいらしいベージュのエプロンという邪悪な格好のエクスが、同じくエプロン姿の金髪の少年――管理人見習いのテトラと挨拶を交わす。
オフィス然とした管理人室にはいくつかの作業机が整然と並べられ、その上では数台の小型パソコン端末が稼働中だ。
壁面には十を超える監視カメラの映像がモニターに映し出されており、マンションに異常がないかを常に確認していた。
「クックック……そうかしこまるな! 職場では歳も身分も関係なく、対等に接することを許可してやろう!」
「わぁ……社長のお話しされてたとおり、とっても優しい方なんですねっ」
テトラはその大きな青い瞳をきらきらと輝かせ、目の前で笑うエクスに憧れと尊敬の眼差しを向ける。
性格はどうあれ、見た目は完全に恐怖の大魔王であるエクスと、まるで地上に舞い降りた天使のような可憐さを放つテトラ。
完全に対極な二人の組み合わせは、はたから見れば純真無垢な少年をたぶらかす悪魔にしか見えなかった。
「昨日は大変なところを助けてくださって、本当にありがとうございましたっ。ぼく一人じゃ、きっと大変なことになってたと思います」
「ふむ? そういえば、ここには貴様以外のスタッフはいないのか? これだけの巨大な建造物だ。管理するにも相当な人手が必要なはずであろう?」
「えーっと……それなら、まずはこのソルレオーネについて説明しますねっ!」
エクスの問いを受けたテトラは手近な端末を操作すると、モニターの画面にソルレオーネを紹介する公式サイトを表示すると、一つ一つその内容を説明していく。
世界最大の大型タワーマンション、ソルレオーネ。
それは、かつての勇者であるフィオレシア・ソルレオンが代表取締役をつとめるソルインダストリーが建設、管理する最新世代型のタワマンである。
全長300メートル。入居可能戸数は700。
階数は54階建てとなっており、一階から五階までには入居者用のショッピングモールや、図書館や郵便局などの公共施設が入っている。
続く六階から三十階までの中層階は一般的な年収世帯でも入居可能な価格設定で、それよりも上層は世界各地のセレブやVIP向けの高級区画だ。
マンションに関わる作業スタッフの数は、商業施設の職員も含めれば3000人を越える。
しかし彼らは直接マンションの管理運営には関わらないため、実質的な管理業務は、エクスやテトラのようなマンション管理人が行うことになっているのだが――。
「前任者が一ヶ月で辞めただと!?」
「そ、そうなんです……300年以上もダンジョンの管理人をしてたっていう、すっごく頼りになるアークデーモンの方だったんですけど……」
「300年ともなれば、俺などよりもはるかに年上ではないか。そのような歴戦の猛者が辞めるとは、一体なにがあったのだ?」
「退職の理由は、仕事でのストレスだって聞いてます。けど、その時にデーモンさんの友だちの、他の管理人のみなさんも一緒に辞めてしまったので……」
申し訳なさそうに肩を落とすテトラ。
それを見たエクスは、彼の表情から全てを察した。
「ではまさか、今ここで動けるのは俺と貴様だけだとでも!?」
「あはは~~……そ、そうなんです……」
「ぬわーーーー!? 謀ったなフィオレシアアアアアア!? そのようなこと、俺は一言も聞いてないのだが!?」
「で、でもでも! ここにはマンションのお掃除をしてくれるフェアリーのみなさんや、警備会社から派遣されてるゴーレムのみなさんもいらっしゃいますからっ」
「広大なマンションの掃除と警備はその者たちの担当というわけか。ならば俺たちはなにをするのだ?」
華々しい表向きの姿とは裏腹に、ソルレオーネのスタッフ事情はエクスも驚くほどにひどい状態だった。
「もちろん、ぼくたちも掃除や見回りをすることはあります。けど一番大切なお仕事は、入居者さんからの苦情や報告の対応ですね」
「苦情対応か……確かにそれはメンタルをやられそうだな。現状報告と待遇改善の要望はフィオに上げるとして……並行して人員の補充と立て直しも行う必要があるか……」
フィオがどこまでマンションの内情を把握しているかどうかは別として、ひとまずエクスは手に持ったメモにテトラの話と当面の課題を書き込んでいく。
元大魔王は労働環境の改善にも余念がないのだ。
「みなさんからいただいた苦情やメッセージは、全部このマンション管理システムから確認できるようになってます。お仕事の時間になったら、まず最初にここでその内容を確認するんです」
「ふむふむ……なるほど、これだけのマンションになると苦情も凄まじい数――ん?」
「大魔王さま?」
「こ、これを見ろッ! 『隣の部屋から肉の腐ったようなひどい臭いがする』――などという苦情が上がっているではないか!」
「臭いですか? ゴミの出し忘れでしょうか……?」
画面一杯にずらりと並ぶ苦情や報告の山。
その一つに目をとめたエクスは、すぐにそこに書かれた階と部屋番号をメモすると、なぜかその金色の目をランランと輝かせて颯爽と立ち上がる。
「違うぞテトラよ! マンションの隣室から腐臭といえば、それは〝殺人事件〟と決まっている! タワマンを舞台とした、スーパーバイオレンスサイコミステリーの幕開けなのだ!」
「ぴえっ!? な、なんですかそれーーーー!?」
「ついてこい! この大魔王探偵エクスが、見事恐怖と悲しみに彩られた難事件を解決に導いてくれる! 真実はいつも一つなのだ!」
「大魔王さま!? 待って下さい、大魔王さまーーーーっ!?」
マンション管理業務日誌#01
隣の部屋から腐敗臭――業務開始。
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