竜を呼ぶ大魔王

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竜を呼ぶ大魔王

 ついに始まった邪竜メルダシウス対大魔王エクスの最終決戦。  数多の異世界の行く末すら決定づけるその戦いはしかし、およそ戦いと呼ぶには程遠い様相を呈しようとしていた。 「ここがメルダシウスさんのお部屋ですっ」 『ほ、ほーう? く、苦しゅうない……じゃなくて、えーっと……その……あ、あ、あ、あり、ありあり……』 「ぼくの部屋はすぐ隣なので、もしなにか分からないことがあればいつでも聞いて下さいねっ」 『あう……あ、あ、あー……ふぇえええ……っ!?』  自らのボッチ疑惑を払拭するべく、一ヶ月の間にソルレオーネで友達を作ることになったメルダシウス。  ソルレオーネに入居するにあたり、邪竜はその姿を人型へと変化させている。  まっすぐに伸びた流れるような金色の髪に深い紺色の瞳。  小柄なテトラよりも僅かに小さいその体躯に、ドラゴン時の面影を残す漆黒のドレスを纏った少女の姿は、まさにどこぞの令嬢――どころか、もじもじと人慣れしていない様子も相まって、どこか儚げな深窓の令嬢感すら漂っている。どうしてこうなった。 (か、完全に失敗したのだ……ッッ! 大魔王の提案に動揺しすぎて、我が持つ本来のイメージそのままの姿になってしまった……ッ!)  そう。実はこの邪竜、自らが生まれた異世界が崩壊し、無限の闇へと飛び出した際の歳は人間に例えればほんの十代前半といった頃合い。  その後に数万年と生きていたものの、そもそも自分自身のイメージとはそれを目にして評価する他者あってこそアップグレードされるもの。  万年ボッチのメルダシウスの自己イメージは数万年前から一切変わっておらず、天から現れた際の姿も、ただ単純に強そうだからと巨大化していたにすぎない。  エクスの誘いに乗ってぱたぱたと飛んできた〝手乗りドラゴン〟こそ、彼女本来の姿だったのだ。 「メルダシウスさん? どうしました?」 『はうあっ!? な、なんだ!?』 「あ、その……今日は急な入居でこちらのお部屋には何もご用意できてませんし、もしよかったら夕食はぼくたちと一緒にどうかなって……」 『な……ッ!? ゆ、夕食を!? 一緒にだとッッッッッッッ!? き、貴様あああああああああああああああああ――ッ!?』 「えええええっ!? や、やっぱりダメでしたか……?」 『い、い、い……いいいぃぃぃぃ……! ぐ、ぎぎぎ……!』 「え……?」  テトラの提案に不審者全開の反応を返すメルダシウス。  ぎりぎりと歯を食いしばり、ぷるぷると震える彼女の様子に、テトラもまた驚きつつも不思議そうに首を傾げる。 『い、いいいいいいいいいい…………い、い、ぞ……ッ! 貴様らの誘いに乗ってやろう……ッッ! 我は無敵のドラゴンメルダシウス……逃げも隠れもしないのだからなぁぁぁぁ……ッ! ふ、フハハハハ……怖かろうッッッッッ!?』 「わぁ! ありがとうございますっ。じゃあぼくは他のみなさんに伝えてくるので、ちょっとだけ待ってて下さいねっ!」 『ま、待っていれば良いのか……? わ……わか……わかわか……!』 「あ、メルダシウスさんはなにか好きな食べ物とかありますか?」 『ぴえッ!? え、えーっと……お肉が……いい、です……』 「お肉ですねっ。わかりましたー!」  まるで日向のような満面の笑みを浮かべ、テトラは慌ただしく部屋の外へと駆けだしていった。  ガチャンとドアの閉まる音が聞こえ、一人残されたメルダシウスは、ろくに家具も置かれていない広々とした部屋の中で、がっくりと尻餅をついた。 『な……なんということだ……っ。こ、この我が……なにも出来ぬだと……!?』  その小さな胸に手を当て、緊張から早鐘を打つ心臓を必死に抑えてぜーぜーと息を吐くメルダシウス。 『と、ともだち……? 友達って、どうやって作るのだ……? 本当に、たった一ヶ月で友達を作ることが出来るのか……!? しかし、やらねば我はボッチ・ザ・ドラゴンだということに……ッ!』  最後に誰かと食事をしたのはいつのことだっただろう?  力による威圧をせず、他人と話したのはいつぶりだっただろう?  誰かと友達になるには、どうすればよかったのだろう?  望む物を与えてやればいいのか。  はたまた、力で恫喝すれば良いのか。    その強大な力を使っていくら考えてみても、メルダシウスがそれらの答えに到達することはなかった。  なぜなら、そもそも彼女はその方法を学ぶよりも前に、孤独の闇に飲み込まれたのだから。   『うぐぐ……! お、落ち着け……! 落ち着くのだメルよ! まだ焦るような時間ではないっ! 約束の一ヶ月まで、時は丸々残っているではないか! 落ち着いて策を練り、我が力をもってすれば友達など……!』   言ってしまえば、彼女がエクスとの約束を守ってやる理由などどこにもない。  彼女が〝究極のボッチ〟だと全世界に喧伝されたところで、それを知る者全てを消し去ってしまえばいい話なのだ。だが――。 『そーだそーだ! 我ほどの絶対強者ならば、友達の一人や二人簡単に作れる! きっと! たぶん! そのうち……っ!』  しかし今の彼女には、そのような考えは欠片もない。  その胸の内から溢れ出る屈辱とも、悔しさとも、怒りとも、憎悪とも違う――まだ彼女自身も気付いていない、かつて確かに彼女が覚えていた〝ある感情〟によって、ただひたすらにテンパりまくるのみなのであった――。
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