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その日々を見守る大魔王
「――と、言うわけで。今日はみんなで、メルダシウスさんのお部屋に置く家具を選ぼうと思ってるんだ!」
『あうあう……っ!?』
エクスにボッチではないことを証明するため、ソルレオーネに引っ越してきたメルダシウス。
しかしどんなに強がってみても、彼女が〝究極限界ボッチ〟であることは彼女自身がよく分かっている。
友達を作るために用意された一ヶ月という期限の短さも相まって、数多の次元を支配する無敵のドラゴンは、ただひたすらにテンパりまくっていた。
メルダシウスがソルレオーネに引っ越した次の日。
一流の建築デザイナーであるカルレンスに連れられ、管理人チームとメルダシウスは超巨大なホームセンターへとやってきていた。
「昨日は余っていたお布団をご用意できましたけど、ずっとそのままってわけにはいかないですもんねっ」
「自分らが選んでも良かったっスけど、たった一ヶ月でもメルさんのお家になるわけっスから、ちゃんとメルさんが好きな物を選んだ方がぜーったいにいいっスよ!」
「オイラ……荷物持ち、がんばる!」
『し、しかし……我が力にかかれば、家具の一つや二つ……か、簡単に……』
「よーし、じゃあ早速みんなで行こう! お金はエクスさんが経費で出してくれるって言ってたから、心配しなくて良いからね」
「わかりました!」
「さすが魔王ざま……!」
「おっけーっス!」
『ちょ……ま、待つのだ! 我はまだ……! ぴえええええッ!』
こんなのとか。
「今日は自分の部屋でメルさんと一緒にお泊まり会するっスー! 別の世界の仕組みや理論をメルさんからたっぷり聞かせてもらうっス!」
『だ、だが……! 我は億を超える世界で恐れられる邪竜……と、とっても悪いドラゴンなのだぞ!? そのような我と一緒に寝るなど……こ、怖くはないのか……?』
「えっ? ぜんぜん平気っスよ? 自分も子供の頃は、28人家族で川の字になって寝てたっス! むしろ自分も寂しくなくて助かるっス!」
『はうぅぅ……で、でも我は邪竜で……強くて怖いから……その……我がいたら、きっと……貴様に迷惑……』
「ぜんぜん迷惑なんかじゃないっスよ! そうと決まればレッツゴーっス! 新しい技術の夜明けが待ってるっスー!」
『ぴえぇえええええええっ!?』
こんなのとか。
「メルざん……だ、だずげでくだざい……!」
『一体どうしたというのだ……!? マンションのフロアが水浸しに!?』
「それが、別の入居者の方が水道管の蛇口を壊してしまったみたいで……っ!」
『蛇口だと……!? そうだとしても限度という物があろう!? この勢いでは、ここより下の階も大変なことになっているのでは……』
「あばば……もうだめでず……オイラ、火は平気だけど泳げないがら……チーン……」
『くっ……このままでは、ゾンビ男が溺れてしまうではないか! ならば、我が力で――!』
突如として発生したマンション内の水難事故。
困り果てたテトラとクラウディオに助けを求められたメルダシウスは、エクスすら越える脅威の力を解放すると、あふれ出る水も塗れた内装も何もかもを一瞬で元通りにして見せた。
「わぁ! すごいですメルさんっ!」
「ありがどう、ございまじた……!」
『こ、この程度……我の力にかかれば造作もないことよ! また何か困ったことがあれば、いつでも言うが良い! なんといっても我はとんでもなく強いからなァ……!? く、クククク……! クハハハハハッ!』
こんなのとか。
とにかく、メルダシウスのマンション暮らしは驚く程順調に進んだ。
最初はぎこちなかった会話も段々とスムーズになり、テトラを始めたとした管理人チームはもちろん、それ以外の入居者とも徐々に打ち解けていった。そして――。
「えーっと……このゴミはいつ出せばいいのだ?」
「それは不燃物なので木曜日ですね。蓋の部分は燃えるゴミなので、外してこっちの袋にお願いしますっ」
「木曜日か……こっちは燃えるゴミ……紙に書いておくか……」
それはメルダシウスにとって数万年ぶりの、誰かと共に過ごす日々。
やがてエクスに提案された期日を迎えようとする頃には、テトラから教えられたゴミの分別方法をせっせとメモするメルダシウスの姿があった。
「これで全部ですね。お疲れ様でしたメルさんっ」
「わ、我の方こそ助かったのだ……! 決まりと異なる日にゴミを出したら迷惑かと思い、つい部屋の中にため込んでしまって……」
「そういうの、ぼくもわかります。また困ったことがあればいつでも呼んでください。それに、ぼくはこのマンションの管理人ですし……あ、そうだ!」
「????」
メルダシウスの出したゴミを協力して片付け終わったテトラは、不意に何かを思いついたように手を叩くと、おもむろにエプロンのポケットから自分のスマホを取り出した。
「メルさんって、スマホのご契約もしてましたよね?」
「う、うむ! 持っていれば何かと便利だと、クラウディオに勧められて……」
「なら、スマホにプニプニチャットっていうアプリを入れれば、いつでもぼく達と連絡できますよっ。〝プニ友〟っていうんですけど……」
「え……?」
普段と同じ満面の笑みを浮かべ、テトラはプニプニチャットなるトークアプリの操作方法をメルダシウスにレクチャーしようとする。だが――。
「ちょ、ちょっと待つのだ! いま、貴様なんと言った……? その、〝ぷにとも〟というのは……っ!?」
「プニ友ですか? えっと……このプニプニチャットで連絡先を交換している〝友達〟のことを、ぼく達はプニ友って言ってて……」
「……っ!?」
瞬間。メルダシウスの手から買ったばかりのスマホがするりと落下し、真新しいフローリングの床とぶつかって無機質な音を響かせた。
「め、メルさん?」
「と、も……? だ、だれが……だれと……? 誰と……友だというのだッッッッ!?」
落としたスマホを拾おうともせず、少女はテトラの肩をつかみ、感情も露わに問いかけた。
しかし一方のテトラは、なぜ彼女がそこまで必死になるのかを計り切ることができなかった。
邪竜の孤独を承知はしていたものの、すでにテトラにとって〝その事実〟は、あまりにも当然のことになっていたからだ。
だから――。
だから、テトラは言ったのだ。
躊躇うことなく、ただありのままの事実を。
「その……ぼく達って、とっても仲の良いお友達……ですよね? 少なくとも、ぼくはメルさんのこと……大切なお友達だと思ってますっ!」
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