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初日終わりの大魔王
「さすがは私のエクスだ、初日から大活躍だったようだね」
「誰が貴様のだ誰が!? まったく……なぜ動ける管理人が俺とテトラだけだと話さなかった!?」
「最初から次のリーダーは君に任せると決めていたからね。ほんの数日だし、間に誰か挟むのも面倒でさ」
「ミャー」
夜。
管理人としての初出社を終えたエクスは、無事フィオとクロの待つ自らの部屋へと帰還していた。
なお、なぜ管理人であり職場がそのままマンションのエクスよりも先に、大企業のCEOであるフィオが完璧なエプロン姿でエクスの帰りを待ち構えていたのかは謎である。
「ふん……元から俺を管理人のリーダーにするつもりだったとは。長年無職だった俺に、よくそのような役職を任せようと思ったものだ」
「本気で言ってるの? 私が君を大好きなことを差し引いたって、君以上にマンションの管理人に向いてる人なんてそうはいないと思うけど」
「む……なぜそう思う?」
柔らかな光に照らされた室内。
長い髪を一つにまとめたエプロン姿のフィオが手際よく料理を運び、子猫のクロが彼女の足元でみゃあみゃあと鳴き声を上げる。
エクスはそんなフィオの手伝いをしながら、彼女の発言に首をかしげた。
「君はとっても優しいからね。他人の気持ちに寄り添うことだって得意だし。いつだったかな……私と一緒に映画を見に行ったときも、みんながドン引きするくらい泣いてたじゃないか」
「ぬわーーーーッ!? なぜそのような余計なことばかり覚えているのだ貴様はーーーー!?」
「そこが君の素敵なところさ。私のように企業のトップだったり、一国の主なら必ずしも優しさは美点とは言えないかもしれない。けど、マンションの管理人はそうじゃないでしょ?」
気合いの入りまくった豪華な手料理をテーブルの上に並べたフィオは、最後に用意したエサをクロの前に置く。
そして実に優雅な動作で、エクスの向かい側の椅子に腰を下ろした。
「ここに住むみんなが笑顔で暮らしていくには、君のその優しさがぴったりなのさ。まあ、どう考えても大魔王にはぜんぜん向いてなかったと思うけどね?」
「ぐぬぬ……!」
「ふふ……ほら、準備できたよ。一緒に食べよう」
その言葉に言い返そうとしてなにも言えず、結局エクスは口をへの字にして自らも椅子に座る。
フィオはそんな彼を見て少女のように屈託のない笑みを浮かべ、食材に感謝をのべてから料理に口をつけた。
「けど、どうして彼を管理人にしようと思ったんだい? たしかに彼は立派なゾンビだと思うけど、それだけじゃないんだろう?」
「……少しな、似ているような気がしたのだ」
「似てる? 誰に?」
「〝昨日までの俺〟にだ……クラウディオもまた、本来ならば世のため人のために力を使いたいと思いながら、そうすることができなかったのだろうと……」
目の前に並ぶフィオの料理を少しずつ味わいながら、エクスはまるで、かつての自分に言い聞かせるかのように言った。
「俺とて、働くのが特別好きというわけではない……だがやはり、誰かに必要とされるのは良いものだ」
「そうだね……同意するよ」
「だからな、その……き、貴様にも感謝はしているのだ! 十年間役立たずだった俺を、貴様はずっと見ていてくれただろう? その上、今もこうして俺と……」
「気にしないでよ。私が好きでこうしてるんだからさ」
「それとこれとはまた別の問題なのだ! 俺に残された最後の繋がりが貴様であったように、今度は俺が、他の者にとっての力になれれば良いなと……今は、そう考えている」
「エクス……」
目を逸らし、照れくさそうにそう話すエクスを、フィオは深い愛情の宿る眼差しで見つめた。
「うん……やっぱり君に管理人をお願いして良かったよ。まだ初日が終わったばかりだけど、立派に管理人としてやっていけそうだね」
「そ、そうだろうか!?」
「もちろんさ。管理人の補充はすぐに手配させるから、ひとまずは明日もよろしくね、エクス」
「ク、クックック……! やはり……! やはり俺は無敵の大魔王だった! どのような職務でも瞬時にマスターしてしまう我が才能が恐ろしいぞ! ファーーーーッハッハッハ!」
「うふふふ……だからさ、もう君にも立派に私を養う甲斐性がありそうじゃないか。ねぇ、エクス……?」
「ファーーーーッハッハ……ファッ!?」
「ミャ!?」
その言葉と同時。フィオの瞳がぎらりと光り、彼女の姿がエクスの視界から消える。
そして次の瞬間。エクスの体は一瞬にして椅子から連れ去られ、同じ部屋に置かれたふかふかのソファに押し倒されていた。
「オイイイイイイイイイイ!? なにがどうなってこうなったああああああ!?」
「じゅるり……! 君もこうして無事に管理人になったことだし、私ももう我慢しなくて良いよねぇ……ッ!?」
「一ミリも良くないのだがッ!? たった一日でなにがわかるというのだ!? 肉食系にも程があるぞ貴様ッッ!」
「私をこうさせたのは誰だと思ってるの? 今みたいな可愛いことを君に言われて、我慢できるわけないでしょ?」
「そ、そういうつもりで言ったのではない! いいから少し落ち着くのだ!」
その艶やかな口元に赤く濡れた舌を覗かせ、フィオは鼻息も荒くエクスの服を脱がそうとする。
しかしエクスも慣れたもの。すぐさま馬乗りになったフィオを両手で抱き上げると、まるで子供にするようにして彼女の体を横に置いた。
「ぶぅ……本当に身持ちが堅いんだから。なら、二人で一緒に寝るのはどう? 絶対に襲わないって約束するからっ!」
「し、信用していいのかそれは!? だがまあ……そ、そのくらいなら……うむ……」
「やったー! じゃあ今日はこのままずっと一緒だね! あ、シャワーも一緒でいい?」
「ダメに決まっておろうがッ!? やはり追い出すぞ貴様ッッ!?」
「えー? つまんなーい!」
「ミャーミャー」
こうして――。
元大魔王と元勇者。そして一匹の子猫の夜は更けていく。
管理人となった大魔王の生活は、まだ始まったばかり――。
マンション管理業務日誌#01
隣の部屋から腐敗臭――業務報告完了。
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