前職が大魔王だと就活に不利

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前職が大魔王だと就活に不利

 戦いは終わった。  永遠に続くかと思われた人とモンスターの争いは、勇者フィオレシア・ソルレオンと、大魔王ロード・エクスの歴史的和解によって終わりを告げた。  戦争の終結と、ようやく訪れた平和。  人とモンスターは恨みと憎しみを捨て、互いに手を取り合って傷ついた大地の復興にあたった。  それは文明と技術の爆発的な発展をもたらし、世界は急激な高度成長期に突入。空前絶後の好景気をもたらすことになる。  そして、それから十年後――。 「フゥーーハハハハ! 今帰ったぞ、我が忠実なるしもべよ!」 「ニャー」  とある小さなアパートの一室。  白く安っぽい明りが薄暗い部屋を照らし、ぼさぼさの黒髪に黒いロングコートを着た長身の男が現れた。  男は少しだけ疲れた様子でテレビをつけると、足元にすり寄ってきた小さな黒猫にエサを与える。  「どうだ、うまいだろう! 今日のエサはいつもより高級な物を選んだ。せいぜい感謝し、これからも俺に忠誠を誓うがいい!」 「ミャー?」    この男の名はロード・エクス。   かつてモンスターの大軍勢を率いて人類に戦いを挑み、世界を恐怖のどん底に突き落とした邪悪な大魔王、その人である。 「さて、次はトイレの掃除もしてやらねば。替えの猫砂はどこだったか?」  だが、狭く汚い部屋の隅で猫用トイレの掃除を始める彼の姿からは、もはやかつての面影は感じられない。  くたびれきったヨレヨレの服。  ろくに手入れもされていない、寝ぐせ混じりの髪。  覇気の失われた金色の瞳。  今の彼の横顔には、見る者すべてが震え上がったという強さも、美しさもなかった。 『次のニュースです。先月完成した世界最大のタワー型マンションへの入居がついに開始されました。マンションを管理するソルインダストリーのフィオレシアCEOは、今回の入居開始に先駆け――』 「タワマンか……なんとも景気の良いことだ。だがそれに比べて俺はどうだ? 情けないことに、今日もすべての面接に落ちてしまった!」  そう……元大魔王である彼は、戦争終結から今日までの十年間で無数の求人に応募したものの、その全てで〝お断り〟され続けていた。    たしかに戦争は終わった。世界は平和になった。  元大魔王であるエクスもまた、平和な世界で新しい人生を歩もうと努力していた。  しかし、その結果は実に無残なものだったのだ。  ――――――  ――――  ―― 『職歴には、〝前職大魔王〟とありますが?』 『ファーーーーッハッハッハ! そのとーりだ! 今日から無敵の大魔王であるこの俺が、貴様の下で働いてやる! 遠慮せず全力で採用するがいいぞ!』 『申し訳ありませんが、弊社は〝反社会勢力〟と関わりのある方の採用はしておりません。どうぞお引き取り下さい』 『ば、バカなーーーー!?』  ――  ――――  ――――――  いくら人とモンスターが和解したとはいっても、大魔王という肩書きが周囲に与える恐怖はレベルが違う。  発展が進む明るい社会では、仲間のモンスターまでもがエクスを恐怖し、誰も彼を雇おうとはしなかったのだ。 「まったく……大魔王のなにが悪いというのだ!? 妙な機械などに頼らずとも、俺に任せれば山も海も一瞬で消し飛ばしてやるというのに!」 「――お疲れ様。そろそろ諦めはついたかい?」  その時。テレビから流れるニュースを見て思わず呟いたエクスに応えるように、透き通った声がその場に響く。  思わずエクスが振り向くと、そこにはスーツ姿の美しい女性が、柔らかな笑みを浮かべて立っていた。 「なんだ、また勝手に俺の城に忍び込んでいたのか……CEOとかいう職はずいぶんと暇なのだな」 「まさか。いつだって私のスケジュールは秒刻みで埋まってるよ。ただ、そこにこうして君と過ごす大事な予定を入れているだけさ」  「相変わらず物好きなやつめ……今日はなんの用だ、勇者フィオレシアよ」 「ふーん? その様子だと、〝あの約束〟は覚えていないみたいだね。ま、どっちでもいいけどさ」 「約束?」  明るい栗色の髪をなびかせ、燃えるような赤い瞳にエクスへの深い優しさを宿す女性の名は、フィオレシア・ソルレオン。  十年前。他ならぬ大魔王エクスと死闘を演じ、ついには和解を成し遂げた伝説の勇者にして、世界最大の大企業、ソルインダストリーの現代表取締役である。 「ミャーミャー」 「十年前に約束したよね? 世界が平和になって、もし十年たっても世界が君を受け入れなかったら……その時は、〝私が君を受け入れる〟って。今日がその十年目ってわけさ」 「な、なんだと!?」 「ふふふふ……本当に待ちわびたよ。この十年、私は君を手に入れることだけを夢見て生きてきたんだ。今の会社だって、君と一緒になるためだけにゼロから作ったものなんだからね」 「マジか!? 色々と重すぎるぞ貴様!?」  足元で鳴く黒猫をよしよしと撫でながら、フィオは獲物を狙う肉食獣のような笑みをエクスに向ける。  その眼差しに自らが獲物であることを悟ったエクスは、散らかった室内をじりじりと後ずさった。 「た、たしかにそう言われれば……あの時貴様がそのようなことを言っていた記憶はある! だが、たとえ無職でも俺は誇り高き大魔王! 社会復帰においても勇者の手など借りるものか!」 「今も私が養ってあげてるようなものでしょ? こっちだって大人しく十年待ったんだ。言っておくけど、私はもう一秒だって待つつもりはないんだからね!」  その言葉と同時。フィオの全身から赤く輝く勇者パワーがあふれ出し、十年もの求職活動で疲れ切ったエクスの体を完全に拘束する。  フィオは無様に倒れたエクスを見下ろしてじゅるりと舌なめずりすると、哀れな大魔王を片手でひょいと持ち上げた。 「や、ヤメロー! 約束を盾に大魔王を従わせるなど卑怯だぞ! 貴様それでも勇者か!? 恥を知れ恥をッ!」 「卑怯で結構。さあエクス……約束通り〝私のもの〟になってもらうよ!」 「グワーーーーッ!?」 「ニャー?」  ――――――  ――――  ―― 「さあついたよ。今日からここが君の職場だ」 「ここは……ニュースになっていたタワマンか?」  かつて交わした勇者フィオとの約束により、なすすべもなく連行された大魔王エクス。  ぐるぐる巻きのままの彼が連れてこられた先は、先ほど自宅のテレビで見た巨大なタワーマンションだった。 「ニャーニャー」 「よしよし……安心して、君をおいていったりはしないからさ」 「俺だけでなく、クロまで連れてくるとは……いったい俺になにをさせるつもりだ!?」 「簡単なことさ、君には私の会社の社員として働いてもらう。あんなに頑張っても就職できなかった可哀想な君を、私が雇ってあげようと思ってね」  日が暮れ、白い街灯に照らされた冷たいアスファルトの路上。  ショッピングモールも兼ねた巨大なタワーマンションの前は、家路を急ぐ大勢の人で今も賑わっている。  フィオは何事かと目を向ける人々の視線も気にせずにエクスの巨体を地面に放り投げると、もう片方の腕に抱いていたエクスの飼い猫――クロを優しく撫でた。 「さてと……いきなりで悪いけど、君にはこのタワーマンションの管理人をやって欲しい。マンションの名前は〝ソルレオーネ〟。高さ300メートル。総戸数700の大所帯だ。ここだけで一つの街と言ってもいい」 「俺にタワマンの管理人になれだと!?」 「ああそうさ。君の入社手続きはもう終わってるし、福利厚生もばっちり。ボーナスは年二回出るし、君が住む部屋だって用意してある。もちろん、この子と一緒に住んでもらってかまわないよ。このマンションはペット可だからね」 「ミャー?」 「ぐぬぬ、なんという好待遇……! まさか、なにか裏でもあるのではあるまいな!?」  静かな住宅街のど真ん中にそびえ立つタワーマンション、ソルレオーネ。  フィオの拘束を解除されたエクスは、服についたほこりを払いながら彼女に詰め寄る。 「裏ならあるよ。実のところ、このマンションには私も住んでいてね」 「貴様もだと?」  並の戦士や冒険者ならば、睨まれただけで即死するほどの圧を放つエクスの剣幕。  しかしフィオはそんなエクスの視線も心地よいとばかりに受け止めると、うっとりと微笑んでエクスの手を握りしめた。 「そうさ! そして私の部屋は君のすぐ隣! つまりこれからはすぐに! いつでも! 毎日だって君に会えるんだ! ああ……この私としたことが、想像しただけで身も心もとろけてしまいそうだよ!」 「な、なん……だと……!?」 「もちろん理由はそれだけじゃないけどね。けど私にとっては、どんな理由よりも君のそばにいる方が重要なのさ。むふふ……!」 「く……っ! なんだその決して人様には見せられぬだらしない顔は!? ついにそのふしだらな本性を現わしたな勇者め!」 「今さらあがいても、私との約束がある君に拒否権はないよ! さあ、大人しく二人の愛の巣に――!」 「はわわわ! 助けてください、フィオ社長ーーーー!」 「むむっ!?」  だがその時。  マンションの前で言い合うエクスとフィオの耳に、助けを求める少年の声が響く。  そしてその瞬間、マンションの一角が大爆発を起こしたのだった――。
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