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第一幕 二、解呪
雨の夜闇は自分の手すら見えない暗闇だ。
しかしそんな暗がりを、新は躊躇うことなく、迷うことなく、歩いていく。彼の光のない目は夜の中でも世界の姿がよく見えていた。彼は一人、傘もささず、雷鳴の下を歩き、地面が揺れた原因を探していた。
そうして件の『入ってはいけない』山の麓をぐるっと歩き、辿り着いた渓谷で、ついに崖から落ちて割れたであろう大岩を見つけた。
「これか……」
新は崖の上を見上げ、大岩が落ちてきたであろう場所を見上げた。断崖絶壁の上が少し崩れ、小さな土砂崩れが起きたようだ。新はそれから大岩を検分し、古く太いしめ縄の残骸を見つけた。
「鬼でも封じていたのか……ハッ、まさかな」
どうでもよさそうに新はしめ縄を拾った後、やはりどうでもよさそうにそれを放り捨てた。彼はどんなものが相手であっても恐れない程度には喧嘩が強かった。だからたとえ本当に鬼がいても、彼にとっては怖がるものではないのだ。
新は割れた大岩に触れ、雨の中、ため息をつく。
「やはり、雷か」
大岩の割れた面は焦げができていた。
つまり崖から落ちたことで割れたのではなく、落雷で割れたのだと推察がつく。そして、割れたことで形が変わり、崖の上から落ちたのだ。そして、この岩が落ちたことで極楽やが揺れたこのだろう。
新は雨の中、割れた岩を見て、それから川を眺めた。水量は増えているが氾濫するほどではない。そしてまた、すぐに落ちてくる岩もなさそうだ。けれど、土砂崩れはおきかねない。
「……おなつさんに落石注意と伝えて……いや、ここには立ち入らないようにさせよう。……違う、落街道など、そもそも、どこも安全でない」
新は、深くため息をついた。
「あの娘は縁さえあれば武家に嫁げる器量……立派に表で生きていける、いや、表で生きていくべきだ……これ以上は先延ばしにはできない。女将さんと約束しただろう、あの娘を幸せにすると……」
おなつの前とは全く異なる声色、異なる口調で、彼は独り言を続ける。瞳に光はなく、濡れた着流しは闇に染まる。
「……姓も刀も捨てた俺には、過ぎたる幸いだった……」
天は雲に覆われ、雨が視界を遮り、星は一つ見えない。男は右手で顔を拭い、それから両手で顔を覆った。まるで泣いているようだ。雨は天から降り続ける。男はゆっくりと手を下ろすと、言葉なく、来た道を戻り始めた。
男の顔色は青白く、まるで刃のように美しかった。
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