164人が本棚に入れています
本棚に追加
笑ったまま頷いた亜緒は、ベランダの窓の方へ歩いていく。
亜緒がカーテンに手をかけると、夜明けの明るさが溶けだした藍色の空が見えた。カラカラと窓を開ければ、ひんやりとしたまだ誰にも触れていない新しい空気が部屋に流れ込む。
その新鮮な空気が、亜緒の長い髪をふわりと揺らした。亜緒の身体をなぞったその空気は、甘ったるい、まだ馴染めない亜緒の香りを孕んで俺に纏わりついてくる。
終わる。
俺たちのいままでが、昇り始めた太陽の光に飛ばされて見えなくなる。
その刺すような鋭い朝焼けにくらりと眩暈をおぼえて、ぎゅっと目を閉じた。
何も見えない今のうちに、亜緒が帰ってくれたらいい。ここから踏み出してくれたらいい。
そう思ったのに……。
……ふわり、さらり。
頬に、何かが触れた。
―――……「澄生、ちゃんと憶えててね」
急に濃くなった亜緒の新しい香り。頬を擽る感触は…まだしっくりこないしなやかな髪。
驚いて目を開いたときには……
唇に薄ピンク色の花びらが、そっと触れていた。
最初のコメントを投稿しよう!