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「……このコーヒーも。私のおいしいコーヒーはこれ」
「……」
「まずいとか、関係ないの。澄生もそうでしょ?」
「……俺は、スタバのほうがおいしいし、好き。こんなのコーヒーじゃないよ」
「……」
「こんな壊滅的にまずいのなんて、おまえがいなくなったらもう絶対に飲まない」
「……澄生、」
「偏見も、常識も、窮屈だよ。……それにとらわれると大事なものを見過ごす」
「……ちが、澄生、」
「……俺たち、もう一緒じゃないから」
「澄生……」
そんなさみし気な声で俺を呼ぶなよ。
新しい生活への不安に付け込んで、いま、好きだと告げたら。きっと亜緒は勘違いしてとらわれるだろう。
亜緒の中にある“好き”を俺の中にある“好き”と同じだと思い込んで、その感傷的な気持ちを埋めるのかもしれない。
でも、もう夜が明ける。
いままで一番近くにいて清らかだった俺らの関係を、釣り合いの取れない想いで歪ませたのは俺だから。
この夜のような底なしの闇に、一生沈んでいられると思う。抜け出すよりも、その方が簡単だ。でも、それは俺だけで十分だ。
亜緒には似合わない。
この夜に閉じ込めるって決めてたから。
もう呼ばれたってどうにもできない。もたれかかることはできない。
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