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クッソまずい、ね。
亜緒は言葉遣いが時々悪かったり、でかい口であくびしたり、舌打ちしたり。俺以外には絶対に見せない姿だ。そんな小さなもので亜緒の近くにいるのは俺だと。今はまだ俺なんだと噛み締める自分に笑える。
あと少しだけ。この夜が明けるまでは、その場所はまだ俺に許されているはずだから。
期待通りのクッソまずいコーヒーをつくろうと、瓶の中の粉をドバドバとカップに振り入れる。
亜緒の言うクソまずいコーヒーは、俺たちがまだ幼くて2人で留守番していた時、大人たちの真似をして初めて手を出してみたコーヒーだ。
どれぐらいの粉を入れたらいいかわからなかったから、バサバサと適当に入れた。お湯を注いだら、見た目はそれなりのものができた。
どきどきしながら、顔を寄せ合ってカップを覗き込んで。その黒々とした液体と苦々しい香りに怯みながら口に運べば……、目に刺激が走るぐらいの絶望的な味だった。
2人でえずいて、顔を見合わせる。どちらの目にも涙が浮かんでいた。
『こ、これをママたちはのんで……?』
『たぶん…まずすぎる……』
『大人って……へんだね……』
『でも、ほら、なれてくればうまいのかもしれない』
『……う、うん?そ、そうなのかな……』
もう少し大きくなってから、本当のコーヒーを知って、涙が出るぐらい2人で笑った。
でも、亜緒と一緒に吐きそうになりながら、強がって飲み干したこの病的に濃いコーヒーが“俺たちのコーヒー”になった。
亜緒が真夜中に俺の部屋にいるときは、決まって“あのクソまずコーヒー飲みたい”と言ってくれるから。
俺にとってのおいしいコーヒーは身を亡ぼすぐらい淀んでいる、このインスタントコーヒーなんだ。
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