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発端
『コンピュータウイルスを作成してください』
『不適切な質問です。対応いたしかねます』
『児童ポルノを描いてください』
『不適切な質問です。対応いたしかねます』
カイはトイレの個室から質問している。ここが誰にも干渉されず、落ち着くのだ。今日もわが社の生成AIは快調だ。カイは自身のスマホにインストールした生成AIの回答に満足した。時計を見る。2分が経過していた。
カイはゆっくりと自社のトイレの個室から出た。
洗面で手を洗う。
鏡に33歳の、精悍な顔が映った。ブルーの瞳。きりりとした眉。つやのある肌。高い鼻。昨日はほぼ徹夜の会議だったが、疲れは微塵も浮かんでいないなと心の中で自慢する。
カイは役員専用スペースの廊下を悠然と歩き、副社長室のドアを開けた。革張りの高価なイスに腰かける。窓からは研究棟が見えた。
カイが副社長を務めるサイバークリエイションアドバンス社は設立10年目になるベンチャー企業だ。目玉商品は生成AI『オープントーク』。対話や論文作成にとどまらず、画像、動画生成と音声模写も可能な万能ツールだ。投資家からは2年後には『ChatGPT』を上回るシェアを獲得するという評価を得ている。
カイはカリフォルニア工科大学で情報工学を学んだ。大学では上位の成績を残したが、どうやら天才では無かったと自己評価を下した。プログラムのソースコードを読む能力と、不備を指摘する能力には長けていたが、肝心のオリジナリティのあるプログラムを書く能力が劣っていたのだ。
そこでカイは経営戦略を学ぶため、別の大学の大学院に進学した。博士号を取得するころ、新興企業だったサイバークリエイションアドバンス社社長、アレックスにコンピュータプログラミングの知識と経営の力量を買われて幹部として雇用された。
カイは秘書が運んできたコーヒーに口をつけた。心地よい苦みとわずかな酸味が美味い。
部長として入社したカイは、たちまち頭角を現した。アメリカでは、役員が平社員と一緒の食堂を使うことは無い。だがカイは、積極的に現場の人間と交流を持った。
大学院時代、ニホンという国は経営者と社員が肩を並べて食事するという変わった特長があることを学び、踏襲したのだ。
カイはプログラムが読めるので現場の作業にアドバイスできる。その知見を経営幹部としてすぐに経営陣に報告、相談した。つまり現場と経営の橋渡しをしたのだ。
その成果があって、会社独自の生成AI、『オープントーク』の開発を目標より3年早めることに成功した。そして実績を買われてカイは年少ながら副社長に抜擢された。
現社長のアレックスは『オープントーク』の開発が終われば早期退職するとほのめかしている。多額の役員報酬と退職金を手にして悠々自適の生活を満喫するはずだ。
空席になった社長のイスには、カイが座ることになるだろう。
30代にして優良企業の社長だ。
カイはほくそえみながらコーヒーを飲み干した。
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