桜田亜依『私の兄、桜田洋輔』

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桜田亜依『私の兄、桜田洋輔』

「ただいま」  アパートのドアが開くと同時に声がした。兄が仕事から帰って来たようだ。私は勉強をしていた手を休めて、兄のもとに駆け寄った。 「お兄ちゃん。おかえり」  私は兄が大好きだ。現在、私は16歳、兄は24歳。私達は二人暮らし。  私の両親は交通事故で亡くなった。兄が10歳、私が2歳の時だった。  両親が亡くなり、私達は親戚の家に引き取られた。私はまだ幼かったせいか、その頃の記憶がない。兄の話によれば、私たちは引き取られた先で厄介者として扱われていたらしい。  兄は中学を卒業してすぐに親戚の家を出て働いた。まとまったお金ができると、私を親戚の家から引き取った。それから私たちは二人で暮らすようになり、現在に至る。  両親が亡くなった後のごたごたで、私達の小さい頃の写真はどこにもない。しかし、その代わりに兄はいつも小さい頃の話をしてくれた。  私が産まれた時、両親と兄がどれだけ喜んだかということ。私が初めて寝返りをした時には、3人で拍手をしたこと。ハイハイのスピードが速かったこと。いたずら盛りになると兄のランドセルを開けて教科書をぐしゃぐしゃにしたこと。家族で出かけた先の動物園で食べたアイスが美味しかったこと。    兄は覚えている限りの話をしてくれた。私はその話を聞くのが好きだった。 「亜依、学校はどうだった? あ、ここ間違えてるぞ」  兄は勉強をしている私の横に立ち、ノートを指さした。 「あれ? ホントだ。学校は授業以外、楽しかったよ」 「それじゃダメだろ」  兄は笑いながら私の額を小突いた。 翌朝。 「じゃあ、お兄ちゃん行ってきます」 「行ってらっしゃい。気を付けるんだよ」  兄と私は静かにおでこをくっつけた。いつからだろう。私達のどちらかが外に出かけるとき、こうやっておでこをくっつけるのは。外で事故にあわないようにというおまじないらしい。  両親が亡くなった時、10歳だった兄はどれだけ辛く不安だったのか。もう二度と家族を失いたくないと願う兄の気持ちが、私にはよくわかる。
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