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桜田亜依『青木くんとお兄ちゃん』
彼の姿を見たのは偶然だった。
「あれ、青木くん」
同じクラスの青木くんがいた。場所は私が住んでいるアパートの前。私は彼をじっと見つめた。私の視線に気がついた彼がこちらに向かってゆっくりと歩いて来る。
「えっと、僕に何か用?」
確か、青木くんはこんなことを言った。
「青木くんだよね。青木和也くん。こんなところでどうしたの」
私はそう声をかけたと思う。
「ええと、君は誰だっけ」
私のこと、覚えていないのかな。同級生なのにちょっとショックだった。
「え? 同じクラスの桜田亜依だよ」
「ええと、さくらだ、さくらだ……あいさん?」
『サクラダ』と2度も繰り返した青木くんは、本当に私を知らないみたいだった。学校帰りに頭でも打ったのかなと、少し心配になった。
「そうだよ。確かにあまり話したことはないけれど、私の事を覚えていないの? 嘘、信じられない」
「いや、ああ。サクラダアイさんね。ええと、覚えているよ」
青木くんはしどろもどろになりながら苦笑いを浮かべた。その様子は私を本当に知らないようだった。そして私はもうひとつ、彼の違和感に気が付いた。
「でもさ、白い杖なんてついてどうしたの」
「どうしたって……僕は目がよく見えないから。えっと、君も同じ学校の生徒なんだろ?」
青木くんは訝しげに私を見た。会話がかみ合わないと思ったけれど、なぜだかそれほど気にならなかった。
「青木くんはこれからどこに行くの?」。
「どこって、家に帰るんだ。君はここに住んでいるの?」
「うん、お兄ちゃんと二人暮らし」
「ふうん、そうなんだ」
青木くんは怪訝そうにあたしが住むアパートを見上げた。
それから私たちは数分間の会話を交わした。
「今日、青木くんに会ったんだ」
仕事から帰って来たお兄ちゃんに、青木くんの話をした。
「青木くん?」
兄はとても怖い顔をした。いつも穏やかで優しい兄が、表情を硬くして黙ってしまった。こんな兄を見たのは初めてだった。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
何か気に障ることを言ったのだろうか。
「いや、何でもないよ。それより今日は学校で何があったんだ?」
微笑んだ彼は、いつもの優しい兄だった。
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