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桜田洋輔と青木和也
『コンコン』
誰かがアパートのドアをノックしている。
次いで控えめな男の声が聞こえて来た。
「桜田さん、留守ですか?」
アパートの管理人だろうと思いドアを開けると、白い杖を持った男が立っていた。
「何か?」
「僕、青木和也って言います。亜依さんいますか?」
青木和也。ああ、こいつか。亜依が会ったという男。
「何の話をしているか分からないな」
冷たく返すが、青木は動じない。
「亜依さんはどこです? 僕は彼女と話がしたいんです」
「だから何の話だ」
「亜依さんは同級生だと言いました。でも僕は彼女を知らない」
青木は静かに息を吐いて、黙り込んだ。辺りは重苦しい空気に包まれる。
「何を言いたいんだ? 悪いが帰ってくれ」
「お兄さん、亜依さんって人間じゃないですよね」
「は?」
「すみません、おかしなことを言って」
青木和也は申し訳なさそうに告げた。このまま無言でドアを閉めようか。そんなことを考えていたが、俺をまっすぐに見つめる男の目を見ていると、亜依に会わせてやろうという気が起こってきた。
「そんなに会いたいのなら入れよ。実際にお前の目で見るといい」
顎で合図し、中に入るよう促した。青木は警戒する様子もなく靴を脱ぎ、後をついて来る。俺は動かなくなった亜依を指さした。
「これが亜依だ。気は済んだか」
青木は無言で亜依を見つめていた。
「いい年をした大人が、女子高生の人形と暮らして、狂っているとでも言いたいんだろ」
そう吐き捨てると、青木は亜依から視線を外して俺を見た。
「いえ、そうとは……いや、最初は思ったかも。けれど、あなたと亜依さんには特別な事情があると思ったんです。これは貴方が作ったんですか」
青木は始終穏やかな口調だった。まっすぐ俺を見つめる男に、なぜだか全てを話さなければいけない気がした。
「このモデルになった亜依はずっと昔に死んだ。君が察した通り、この亜依は俺が作り出した。だが、素人が作るには限界がある。動かなくなったんだ」
「そうでしたか。よければ僕に詳しく話してくれませんか? 亜依さんを作るようになった経緯を」
「そんな事を聞いてどうするんだ」
「誰かに話せば、楽になる事もありますよ」
亜依の話を聞いてほしい。亜依の存在を知ってもらいたい。気が付けば、名前しか知らない高校生に自分の生い立ちを話し始めていた。俺が紡ぎだす言葉を、青木は一言一句残らず受け止めていた。
「これが全てだ。もういいだろう、帰ってくれ」
全て話し終えると、青木和也は柔らかな口調で微笑んだ。
「僕、亜依さんのお墓参りに行きたいな。こうやって知り合えたのも何かの縁です。亜依さんが眠る場所を教えてくれませんか」
見え透いた同情か。もう言いたいことはない。俺は話を聞いてほしかっただけ。
「また今度な。もう帰って……」
「桜田さん」
俺の言葉を遮って青木は微笑んだ。彼は続けた。
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