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ばあちゃん
自分の記憶と、現状に齟齬があるのは、経過した時間のせい。
それはわかっているけど、どうにもこうにも誰か助けてって思うこの状態。
「はるちゃん、ほら」
にこにことばあちゃんが手を差し伸べる。
夕飯後の座敷。
おじさんズはテレビの前でダラダラしてて、おばさんズは台所の片づけしながらおしゃべりに花を咲かせているところ。
いとこたちはそれぞれ勝手にしていて、「お風呂できたよ~」っておばちゃんから声がかかった。
一番風呂はばあちゃんって決まっていて。
で、ばあちゃん一人が動けばいいのに、にこにことばあちゃんがオレに手を差し出したわけ。
ぅええええ?
あの、たいていのことは飲み込んでつきあうんだけどね、たとえばあちゃんでも、さすがに風呂は勘弁してほしいわけです。
「いや、ばあちゃん、オレひとりで入れるから……」
「溺れちゃったら危ないでしょう? おばあちゃんと一緒にはいろう」
ううう。
しょう兄ちゃんがばあちゃんのこと、『時々、頭の中が散歩に行ってる』って言ってた。
こっち来てから割と振り回されているオレは、時々じゃないじゃんって思うけど、これでも時々らしい。
何故かしょう兄ちゃんを含めた他のいとこたちは認識できないのに、オレだけは『春海だ』って、わかるらしいんだけど、年齢はあやふやで、その時によって違う。
昨日は小学生だったみたいで、どうも今日は一人で風呂にも入れない年齢らしい。
普通に会話できてるのに、なんで年齢だけそうなるのか、オレには謎。
「じゃ、じゃあ、あとで、しょう兄ちゃんと入るから!」
苦し紛れにそう言った。
「そう?」
「ばあちゃんとは無理! しょう兄ちゃんと一緒だったらいいでしょ?」
「翔太と一緒なら安心だけど……ばあちゃんとはダメなの?」
「ダメなの! オレ、男の子だから!」
言いきったら、ばあちゃんはちょっときょとんとした後で、うふふふって笑った。
「そう。はるちゃんも、お兄ちゃんになったのねえ」
ええそうです。
ばあちゃん、あなたの孫の春海は、もうすでに飲酒喫煙オッケーの年齢なのです。
納得したように風呂に入る準備をすると言って、ばあちゃんは自分の部屋に向かう。
おばちゃんがものすごくフクザツそうな顔でおれに笑いかけて、ばあちゃんについて行った。
「そうか……はるちゃんはお兄ちゃんになったのか……」
おじさんズに混じってテレビ見てだらけてたしょう兄ちゃんが、撃沈って感じで丸まってぶくくくって笑った。
ムカつく。
ムカつくから、背中に乗っかったのに、そのまま立ち上がっておんぶで運ばれるとか!
だからなにこれ?
何の仕打ち?!
夜中、オレはばあちゃんの隣の布団で寝る。
ばあちゃんが望むから。
「はるちゃん……大きくなったのねえ……ちゃんと、自分でいろんなことできるようになって」
そっと動いたはずなのに、オレは布団に入る気配で目が覚めたのか、ばあちゃんがオレに話しかけてきた。
「ごめん、ばあちゃん。起こした?」
「あの子、キツイでしょう? はるちゃんがかわいくて仕方ないのに、かわいいから自分の思うようにしてほしくて、駄々こねて……ごめんねえ、ばあちゃんがもっとちゃんとしてたらよかったのにねえ」
「ばあちゃんは、ちゃんとしてるだろ?」
そう言ってばあちゃんの顔をのぞき込んだら、しっかり目は閉じられていた。
夢でも見たのか?
まだなんか話しするかなって思ったけど、ばあちゃんはそのまま動かなくて、なんか怖くなって手をかざして息を確かめる。
うん、ちゃんと生きてる。
確認して安心してから、オレも布団に入った。
オレと母のこと、ばあちゃんが謝ることないのになって、思う。
もう、過去のことだから。
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