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お約束
あの場所がなくなるかもしれないって思ったら、すごく悲しくなった。
田舎に来ることなんてほとんどなくなっていたんだから、もう何年も足を運んだことのない場所なのに、あるとないとじゃ全然違う。
じーっとせい兄ちゃんを見たら、横からしょう兄ちゃんの上が伸びてきて、よしよしって、オレを撫でる。
ううう。
なんかペットかなんかみたい。
でも、気持ちい。
ふわふわ。
だから大人しくされるがままになってた。
「なあ」
「ん?」
「さっきから気になってんだけど、お前、春海との距離、近くないか?」
せい兄ちゃんが遂にしょう兄ちゃんに突っ込んだ。
だよね。
オレもそう思う。
でもね、それより気になるのは、さっきからせい兄ちゃんが『春海』って呼ぶこと。
オレ、春海だけどね。
なんだけどね。
「気になるか?」
「翔太、お前ねえ……」
「確かめたんだけどさあ」
「何を?」
「ノタとのこと」
「はい?」
せい兄ちゃんの声がどんどん不機嫌になってって、しょう兄ちゃんの声はどんどんオレをからかうときの声になっていく。
そんで、ぎゅうぎゅうとオレを抑え込む力が強くなっていっていて、オレはふわふわ。
「春海とのことって何?」
せい兄ちゃんの声がとんがった。
だから、オレは悲しくなる。
「春海って言うなぁ……」
「ん? どしたノタ? ノタがヤなんじゃないのか? 『ノタって言うな』は?」
ポロってこぼれた声に、しょう兄ちゃんが反応する。
知ってる。
しょう兄ちゃんは、時々めっちゃ意地悪になるんだ。
オレが言いたくないこととか、聞きたくないこととか、ちゃんと知っていて突き付けてくる。
なかったことにしたいことも、なかったことにはさせてくれない。
「それは、お約束だろ? 約束じゃないよ、『お』がつく方だろ? 兄ちゃんの『はいはい』までが、決まりだろ?」
「うんうん」
「しょう兄ちゃんとせい兄ちゃんは、ダメだろ? 『春海』じゃないだろ?」
「そうだな……」
オレを抑え込んでよしよししながら、しょう兄ちゃんはめっちゃ楽しそう。
オレは楽しくない!
どっちかって言うと、悲しい!
「知ってたけど、お前、結構面白い酔っ払いになるよな」
「え、これ、酔ってんの?」
「酔ってない。しょう兄ちゃんとせい兄ちゃんだけは、お約束でいいんだよ。なんでわかってないんだよ……しょう兄ちゃんとせい兄ちゃんだけなのに。なんでわかってないんだよ!」
がうって言い切ったら、情けないことに涙が出た。
なんかよくわかんないけど、だばーって流れてきた。
「え、えええええ? 春海?」
「また言った~」
「ノタ?」
「ノタって言うなあ」
「どっちだよ? 完全酔っ払いじゃん。いつの間に呑んでんのお前」
せい兄ちゃんがおろおろして、しょう兄ちゃんが転げまわって笑ってる。
酷い。
腹が立つから、しょう兄ちゃんをべしべし叩いた。
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