宙に舞う               芥川賞

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「やりましたね大月先生!先生の作品が獲りましたよ!芥川賞!」 大月は電話口を少し耳から離した。 「そんなに大きな声で言われなくても生配信を見ていたのだから知っているよ」 「先生はクールですねぇ、いくら芥川賞が新人賞だからと言って、デビュー作が受賞するって快挙ですよ、快挙!」 「そうかもな。だが、受賞したのは私の作品だけど私の作品ではないからな」 「...?どういうことですか?」 「今に分かるさ」 机の上に開いていた膨大な文字が記されたノートを閉じ、大月は身支度を始めた。 1時間後 大月は壇上に立ち、カメラのフラッシュを浴びていた。 そして一通り撮影が終わると記者会見が始まり、司会者が話し始めた。 「それでは只今より第171回芥川龍之介賞を『存在証明』で受賞された大月悟志さんの記者会見を始めます。では大月さん、ただいまのお気持ちからお話いただけますでしょうか」 「はい。私の作品の作品がこんなにも素晴らしい賞を受賞することができ、とても嬉しい気持ちです」 「ありがとうございます。それでは質問のある方は挙手をお願いいたします」 多くの手が次々と上がる 「はい、前方にいらっしゃる男性の方、お願いいたします」 「毎朝新聞の掛川です。この度は受賞おめでとうございます。かなりご緊張されてるご様子ですが、受賞の連絡はどちらで受けられましたか?」 「大学ですね。自分の研究室にいたので。それと逆質問になるのですが、どうして私が緊張していると思われたんですか?」 「あ、その...先程お気持ちを述べられた際に少し噛んでいらしたので...」 「噛んでないですよ」 「いや、でも...『私の作品の作品』と仰られていたので」 「そうですよ。受賞したのは、私の作品の作品です」 「どういうことでしょうか?」 「今回、芥川賞を受賞した『存在証明』という作品は私が開発したAIが出力した小説です」 会場がざわめき出す 「皆さん、お静かにお願いいたします」 司会者も慌てた様子でそう呼びかけた しかし質問している記者だけは冷静で、淡々と発言を続けた 「ご自身で執筆された作品ではないということでしょうか?」 「そうですね。あくまで出力したのはAIです。歴代の芥川賞受賞作のデータを全て学習させ小説を自動で出力させました。初めてじゃないですか?AIの作品が芥川賞を獲ったのは」 「そうですね。史上初だと思います...もう一点、質問よろしいですか?」 「どうぞ」 記者は一呼吸置いて、大月に問いかけた 「AIが出力したという証拠はありますか?」 「証拠というと?」 「例えば、出力する瞬間の記録が映像として残っていたりはしませんか?」 「残っていたとしても、それは証拠にならないでしょう。そのような映像いくらでも作れますから。それよりも、このような自白をしていること自体が証拠じゃないですか?嘘だとしたら自分の手柄を存在しないAIに明け渡していることになるんですから」 「AIの手柄は開発者である大月先生の手柄にもなりませんか?」 「というと?」 「大月先生が書いた小説であればもちろん、大月先生の作家としての手柄になりますが、AIが出力した小説だったとしても、芥川賞が獲れるレベルの作品を出力できる高性能AIの開発に成功しているため、大月先生は研究者としての手柄を得られますよね」 大月は少し驚いたような顔をした後、うなづいた。 「そうですね」 「ある小説について、AIが出力したものか、人間が執筆したものかを区別する方法はないため、『存在証明』の作者がどちらになるのかは大月先生にしか分からないと思います。よって芥川賞の受賞者もどちらか分かりません」 「仰られる通りです」 記者は大月の目をまっすぐと見据え、質問を続けた 「芥川賞を獲った作品がAIによって出力されたものだと発表してしまえば、本当にAIの作品なのか、それともその発表自体が嘘で、本当は人間が書いたものなのかが判別できなくなる、そんなことは分かりきっていましたよね、大月先生?」 大月は問いかけには答えず、ただ黙っていた。 記者は淡々と発言を続けた。 「今回の芥川賞については候補作が発表された段階から記事を書いていました。その過程で作者全員のプロフィールについて調べさせていただきました。もちろん大月先生のこともです。帝都大学理工学部の准教授で主な研究内容は人工知能。デビュー作でのノミネートだったため、候補作発表段階から注目を集めていました」 「しかしデビュー作なのは、大月悟志名義での話ですよね?過去に別名義で貴方は小説を出版されている。そうじゃないですか?」 大月は依然として黙ったままだった。 「そのことが分かった理由は弊社の子会社である毎朝新聞出版社から小説を出されていたからです。印税を振り込む口座の名義や当時の担当編集にも確認したので間違いありません」 「注目すべきは、過去に別名義で書いた小説も芥川賞の候補作になっていることです。3回、候補作にノミネートされていますよね。そして、どれも惜しいところで受賞を逃されている」 「何が言いたいんですか?」 大月がようやく口を開いた 「自分に芥川賞を与えてくれなかった選考委員に恨みがあったのではないですか?」 「そんな訳ないでしょう」 「では何故今回の小説は、なかなか芽の出ない小説家を主人公にしているんですか?」 「理由なんて知らないですよ。AIに小説のテーマを設定したら、偶々そういう主人公の話になっただけなので」 「AIにどのようなテーマを設定したんですか?」 「そのままです。『存在証明』という...」 「『存在証明』というテーマを設定されたのですか?大月先生!」 記者はわざとらしく声のボリュームを上げて、そう返した。 大月は自分のしたミスに気づき、目を見開いた 記者はその顔を見ながら質問を続けた 「小説については『歴代の芥川賞受賞作のデータを全て学習させ小説を自動で出力させました』と、そう仰っていましたよね、大月先生?」 「でも今は、ご自身でテーマを設定したと述べられましたか?」 「どちらが真実ですか?それとも、どちらも嘘ですか?」 「それは...」 返答に詰まる大月に対し、記者は質問を浴びせずにこう言った。 「どちらも嘘ですよね。研究者が自分の行った研究内容を間違えるなんて有り得ません。あるとすれば結果を捻じ曲げるときだけです」
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