(1)寝かしつけ係は求愛される1

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(1)寝かしつけ係は求愛される1

「アンバー、愛している。どうか俺と結婚してほしい」 「えっ、嫌です」  そもそもあなたは一体誰なんですか。私は頬を引きつらせながら、足元にすがりつく謎の若手神官さまを引き離そうと必死になっていた。  美形ってすごいな。涙をぽろぽろ流していても、めちゃくちゃ綺麗なんだもん。私が泣いたら鼻水がだらだら出てくる上にしゃくりあげるから不細工極まりないっていうのに、まったく神さまってやつは不公平だわ。 「そんな。俺を抱きしめて過ごした夜の温もりをお前は忘れてしまったのか。お前にとって俺と過ごした時間は、将来を誓うには値しないと? だから約束もなかったことにしてしまうのか?」 「ちょっと、誤解を招くような発言はやめていただけます? ご高齢の神官さまたちばかりだというのに、驚きのあまり心臓発作を起こして倒れてしまったらどうしてくれるんですか」  感心している場合じゃなかったわ。完全に周囲の神官さまたちに不審がられている。職場で色目を使っているとか邪推されて、割りのいい仕事を失くしちゃたまらないわ。ちゃんと誤解は解いておかなきゃ。 「申し訳ありませんが、どなたかと勘違いなさっているのではないでしょうか」 「勘違い? 一緒に桑の実を摘み、食べさせあったことも幻だと? 口に含んだお前の指は、何よりも甘かったというのに」 「何それ怖い。確かに今日桑の実摘みには行きましたけれど、勝手に私たちの後をつけてきたあげくに妄想炸裂ですか?」 「うわあああああああ、一生一緒にいてくれるって言ったじゃないか! 揃いの(かんざし)だってほらここに!」  神官さまの結い上げた長い髪の上でしゃらりと揺れるのは鮮やかな蜻蛉(とんぼ)玉。硝子職人である弟の手製のものだ。受注生産をしているので、市場には出回っていないはずなのに。 「やだ、私が神子さまに差し上げた(かんざし)と同じものをどうやって手に入れたんですか。気持ち悪い」 「き、気持ち悪いだと?」  唐突に床に崩れ落ち、絶望したように拳を震わせている。このひと、禁欲の果てに煩悩が噴き上がって、頭が沸いちゃったのかな。お気の毒に。  足元の美形が泣き叫ぶと、神殿の灯りが一斉に消えてしまった。色情魔の次はお化け? この忙しい時間帯に怪談話なんてお呼びじゃないんだけれど。
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