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物知り? 俺が? 店員さんよ。褒めれば良いってもんじゃないんだぜ。とはいえ、褒め言葉を否定するのも礼節を欠くというものだ。俺は何も言わずに会釈をして、厚意への感謝を伝えた。
「あの~、コーヒーの種類が色々とあるみたいですけど、どれがお好みですか?」
いつの間にか会話で置いてけぼりにしていた女性は、店員さんとの話が一段落するのを健気に待ってくれていた。実際のところ視線がメニューと俺を反復横とびしていたことには気付いていたが、不機嫌そうには見えなかったので甘えてしまっていたのだ。
それを知ってか知らずか、ラミネート加工の施された二つ折りできるB4サイズのそれを嬉々として見せてくれる。
「そうですねぇ。オリジナルにします」
「じゃあ私も同じのにしよう、っと。すみません!」
女性は右手を挙げ、まだカウンターに戻っていない店員に声をかけた。店員はエプロンのポケットから小さなバインダーに挟まれた伝票を取り出し、左手にペンを持ちながら引き返して来た。
「おうかがいいたします」
「オリジナルのホットを二つ、お願いします」
「お茶請けのスイーツもお勧めしておりますが」
「えー。……どうします?」
そう言いながら、彼女はメニューのスイーツのコーナーに熱い視線を向けている。パフェにケーキにクッキー。どれも魅力的だがここは。
「喫茶店のプリンって、興味あったんですけど未体験なんですよね」
「え、そうなんですか? じゃあ、このプリンも二つお願いします」
「かしこまりました」
店員は伝票を少し丸めてから透明な筒状の置物に差し、一礼して戻って行った。ほどなくして到着したそれらを会話と共に楽しみながら、雨雲が通り過ぎるのを待つ。
喫茶店を後にした俺たちは再び出会った駅前に戻った。何故か、どちらも別れを切り出せずにいた。共有した時間は一時間足らずなのに。
「あの……」
彼女が口を開いた。俺はうまく声を発せず、次の言葉を待つ。
「私、愛と言います。その……AIで駆動しているアンドロイドです」
「……は!?」
脳天を打たれたような衝撃が、俺を襲う。駄目だ。俺にも、言わないといけないことが……。
◇◇◇◇
「彩を強制終了させました。これより回収に入ります。愛、お疲れさま。まだまだ彼には改良が必要ね」
「お疲れ、さまでした」
多くの画面に囲まれた暗い部屋に座る一人の女性。愛は女性に頭を下げ、踵を返して部屋を出て行った。彩と呼ばれた最新のアンドロイドの実験に、彼女は自身を費やしていた。
彼女の人生が生み出した研究の成果は本当に人のためになるのか。いつも通り行われる彩の回収が、時代の変化の契機になるとは誰も考えていなかった。
『彩と愛』完結……?
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