彩と愛

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彩と愛

「あの、これ。落としましたよ」  生憎の雨模様の中、落ちたハンカチをどうしても見逃すことができなかった。視界に捉えたものにはどうしても反応してしまうのが俺の悪いところだ。  ほら、今日も傘を差していないのにこんなことをしている。夕暮れの駅前は田舎でもそこそこ人が行き交っていたが俺以外にハンカチに気づいた人はいなさそうだった。視界には入っていても認識してはいない、という表現の方が正しいのかもしれないが。  そんなことを考えながらも、ずぶ濡れになったそれに付いた汚れを右手の甲側で払う。……意味があるかはわからないけれど。  幸いハンカチを落とした女性は、俺の声を聴いてくれて振り返ってくれた。 「ありがとうございます」  短い髪を耳に掛けながら、女性は笑顔でハンカチを受け取ってくれた。でも、その笑顔は一瞬で曇り、不安そうな表情に変わる。 「傘、ないんですか?」 「そうなんですよ。予報通りなら降る前に帰れるはずだったのでね」  女性は、少し背伸びをして俺を傘に入れてくれた。こういう時は、少ししゃがむのがマナーなのだろうか? いや、代わりに傘を持った方が良いのか? でも、初対面だし他人の所有物を持つのは気が引けるんだよなぁ……。  俺が検索エンジンで仕入れた知識を比べて思案している間に、彼女は辺りを見回している。そのうち何かを見つけたのか『あっ!』と声を出した。 「ちょっと雨宿りしていきませんか? ハンカチを拾っていただいたお礼をさせてください」  指差した先にある喫茶店。この天気のせいか、なかなか客が多いようだが満席ではなさそうだ。仕事も終わったところだったので断る理由もない。俺はこの提案を飲んで喫茶店に向かった。 「いらっしゃいませ。あら、入り口のタオルをご自由にお使いくださいね」 「どうも」  傘立ての左奥の棚に目を遣ると、雨に濡れた人のための白いタオルが籐籠(とうかご)に積まれている。昔ながらの喫茶店のようだが、このようなホスピタリティ溢れる姿にファンが付いているのだろう。遠慮なく一番上に置かれた一枚を手に取り、店員の案内に付いて行った。 「あの、昔はお風呂屋さんとかされていたんですか?」  唐突な質問に店員さんが首を傾げる。それもそうか。『籐籠=お風呂屋さん』なんて、安直過ぎた。 「あぁ、籐籠でそれを? 確かに、実家が以前銭湯をしておりました。この籐籠は廃業する時に拝借したんですよ」 「そうなんですね。すみません、ちょっとした好奇心で聞いちゃいました」 「いや嬉しいですよ。最近の若い人は物知りですね。……席はこちらでお願いします。ご注文決まりましたら、またお呼びください」
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