忘れ櫛

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忘れ櫛

 小柄で痩せたお婆さんが、つやつやした飴色のくしを持ってきた。 「お嬢様のお言い付けで売りに参りました」 店長が鑑定して、魔法雑貨だと判明した。これで髪をとかすと、忘れていることを思い出すかわりに、徐々にくし自体の存在を忘れてしまうらしい。それを聞いて、お婆さんははっと口を押さえた。 「毎日使っておられたのに、お嬢様はこのくしを覚えておられませんでした」 店長は納得したようにうなずいた。 「忘れ去られるほどたくさん使ってもらえて、くしも本望でしょう。あなた様がこのままお持ちになってはいかがですか」 僕がくしを入れた箱を手渡すと、しわしわの手がそれを愛おしそうに撫でた。 「わたくしだけでも、覚えておきましょう」
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