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二人の雨宿りが終わったのは、雨の季節が終わる頃だった。その日はいつもより雨が激しく、雷も鳴るような天気だった。
二人とも、傘は持っていた。だが、この雷雨の中を帰る気にはなかなかならず、もう少し、もう少しだけここにいようと四阿に居座っていた。
そうしていると、公園の前に一台の軽自動車が停まった。すぐに中から誰かが降りて来る。圭吾がぎくりとしているのが、目に見えてわかった。
降りて来たのは一人の女性だった。彼女は迷わず二人のいる四阿を目指して歩いて来た。雷雨などものともしない歩みだった。
「圭ちゃん」
と、彼女は四阿に声をかけた。
圭吾は仕方なく、といった感じで立ち上がった。
「こんなところで道草なんかしてたのね」
「雨がひどいから。雨宿りしてただけだよ、母さん」
母さん? 春奈は驚いて彼女を見た。圭吾の母親は中学生の息子がいるとは思えない程、若々しく見えた。その顔立ちは息子に良く似ていて、一見優しげでにこやかに見える。だが。
「こんな人気のない場所で、女の子といちゃついていたのかしら?」
「そういうんじゃないよ。彼女はただここでたまたま一緒になっただけの、通りすがりだ。さっきも言っただろ、雨がひどくて、雨宿りしてただけだよ」
春奈を見る、眼が。
どこかじっとりと粘着質で、危うい光を帯びているようだった。まるでその視線に縛られるように、春奈は身動き出来ずにいた。
圭吾はちらりと春奈を振り返った。
「雨宿りは終わりだ。もう会うことはないから」
「えっ……」
言い捨てて、圭吾は四阿を出て行った。母親の傘に入る。車に戻る直前、母親はもう一度春奈を見た。
視線に捕らえられる。蛇に睨まれたカエルのように。――そう、あれはきっと蛇の眼だ。
そのまま、圭吾は母親の車に乗せられて行ってしまった。ざあざあという雨の音だけが、春奈の耳に残っていた。
圭吾とはそれっきり、会うことはなかった。公園の四阿は勿論、学校でもその姿を見ることはなくなった。
引きこもりになって部屋から出て来なくなったとか、先生が家に行っても鍵がかかっていて会えなかったとか、時々窓から姿が見えるから生きてはいるらしいとか、そんな話の断片だけがクラスの間を流れては消えた。
そのまま春奈は他の皆と一緒に高校に進学し、大学に進学し、就職や恋愛などを経験し、大小の様々な判断を間違えた上で今ここに戻って来ているのだった。
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