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ぱしゃ。
水の音がした。
春奈は公園の入口を振り返った。いつの間にか、誰かが公園に入って来ている。
それは、春奈と同じ年頃の男だった。上下ともグレーのスウェット姿で、ボサボサな髪が雨に濡れて顔に貼り付いている。足元はサイズの合っていないサンダルを履き、履き慣れない為かどこかヨタヨタとした歩き方だ。どこから見ても不審な人物だった。
不審者はヨロヨロと四阿にたどり着き、全身ずぶ濡れのままベンチにどっかりと腰を下ろした。濡れた前髪をかき上げる。……無精ひげを生やしていたが、その顔立ちには見覚えがあった。あの頃の面影が残っている。
「……月島くん?」
春奈は思わず声をかけていた。彼は初めてそこに春奈がいたことに気づいたように、目を見開いて彼女を見た。
「北原さん……!」
やはり、それは月島圭吾だった。
「……奇遇、だね」
圭吾は、落ち着かなさそうに目線を迷わせていた。どこか気まずいのはお互い様だ。
「ほんと。まさかまたここで会うなんて」
圭吾はちらりと春奈の荷物を見た。目立つ紙おむつのパッケージ、他にもバッグいっぱいの赤ちゃん用品。
「子供……いるんだ」
「ん……まあね」
「そりゃそうか、――15年も経ってるんだから」
自嘲的な口調だった。
「旦那さんは?」
「いないよ。……とっても素敵な人だったけど」
(そう、彼はもうわたしの元にはいない。わたしを置いて、いってしまった。だから、わたしは……)
揺れそうになる心を、春奈はぐっと抑えた。
圭吾はしばらく何事か逡巡していたが、意を決したように口を開いた。
「北原さん。俺を、匿ってくれないか」
「え……」
「あ、いや、それは赤ちゃんがいるから迷惑か。なら、ここで警察に連絡してくれ。俺は携帯とか取り上げられてるから、誰かと連絡を取る方法がないんだ」
「警察って……一体」
訊き返そうとして、春奈は気づいた。圭吾の手首をぐるりと一周するように、擦り傷がある。よく見ると、足首にも。これは、拘束されていた跡ではないのか。そういえば、圭吾の態度も何だか不穏だ。
何があったの。
そう訊こうとした時。
公園の入口に、車が停まった。
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