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その光景には既視感があった。車の中から、女性が降りる。あの時から十五年経って、彼女もそれだけ歳を取っていた。あの時と違って彼女は髪を振り乱し、頭から血を流していた。
圭吾の母親だった。
「母さん……」
「圭ちゃん。ダメじゃないの、逃げ出しちゃ」
表情はにこやかだが、その目はじっとりと粘着質な、蛇の眼だ。彼女の右手に握られているのは、大ぶりのスタンガンだった。
「あら、あなたまたこんな所でそんな小娘と会っていたのね。あなたはわたしのものなのに」
「母さん、もうやめてくれ。俺は俺なんだよ、あんたのものでも、父さんの代わりでもないんだ!」
圭吾は血を吐くように叫んだ。
「もう充分だろう? 15年も俺を家の中に閉じ込めておいて、自分の思う通りにして。俺が大事だ、愛してるって言うけど、違うだろ。あんたが愛してるのは、ただ自分自身だけなんだよ! そんなだから、父さんにも逃げられるんだ!」
圭吾の言葉に、母親の表情が消えた。手の中のスタンガンが、ばちりと火花を散らした。
「圭ちゃん。あなた、いつの間にそんなに悪い子になっちゃったの? ……悪い子には、お仕置きが必要ね」
母親は圭吾にスタンガンを突き出した。だが、圭吾の方も黙ってやられるわけには行かない。15年ぶりの自由を、ここで失いたくはなかった。圭吾はスタンガンをかわし、母親に組み付いた。
監禁されている間身体はろくに動かしてはいなかったが、やはり男と女とでは体力が違う。ましてや、母親はもうそれほど若くはない。力の差は歴然としていた。
もみ合っているうちに、圭吾は母親からスタンガンを奪い取ることに成功し、その武器を投げ捨てた。スタンガンはちょうど春奈の目の前に落ちた。
「北原さん!」
なおも抵抗する母親を押さえながら、圭吾は叫んだ。
「今のうちに警察を呼ぶんだ! 早く!」
春奈は。
足元のスタンガンを拾い上げた。
スイッチを押す。機械が小さな稲妻を起こす。春奈の手が、少しだけ震えた。
「北原さん!」
春奈はそのまま二人に近づいて行った。
そして。
春奈は、スタンガンを圭吾に押し当てた。
「北原……さん……?」
圭吾は驚愕の表情でその場に崩れ落ちた。
「……ごめんね、月島くん」
春奈はスタンガンをしっかりと握り締め、圭吾を見下ろしていた。
「警察は呼べない。――わたし、多分あなたのお母様と同類だから」
きっと今自分は蛇の眼をしているのだろう、と春奈は思った。圭吾の母親が、倒れた圭吾にすがりついた。母親は、愛しい男にするように、そっと彼の顔を撫でた。
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