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圭吾とその母親を乗せた車が去って行くのを、春奈は黙って見送った。圭吾を積み込むのに少し手伝ったが、圭吾の母親はもう春奈のことなど目に入っていないようだった。
(そんなだから、父さんにも逃げられるんだ)
先程圭吾が言った言葉が、春奈の脳裏に甦った。……あんなことを言わなければ。あれさえなければ、助けてあげたかも知れないのに。
――あの女と同じことを言わなければ。
「さあ、わたしもあの子をお迎えに行かないと」
春奈は呟いた。
愛する俊昭の遺伝子を継ぐ子供。彼がいない今、それは春奈にとって何よりも尊い存在だった。そうあるべきだと思った。
もっとも、その子を産んだのは春奈ではない。自分から俊昭を奪ったあの女。「そんなだから、俊昭さんに逃げられるのよ」と面と向かって言ったあの女の遺伝子が入っているということだけが、唯一の難点だった。
でもまあ、他人の恋人を奪うような女がまともに子育てなど出来るはずがない。わたしの方がきっと、ちゃんとあの子を育てられる。存分に愛情を注いで、俊昭さんの子供にふさわしい子にして見せる。
(待っててね、すぐにお迎えに行くから)
俊昭さんが単身赴任でいない間に。引っ越して来たばかりのあの女が、地理に慣れないうちに。子供がまだ何もわからない赤ん坊のうちに。あの子をわたしの元にお迎えしてしまおう。
春奈は荷物を抱えて公園を出た。
どこか人間味を欠落させた蛇の眼で、春奈は無意識に歌を口ずさんでいた。
あめあめふれふれ かあさんが
じゃのめでおむかえ うれしいな
ぴっちぴっち ちゃぷちゃぷ らんらんらん
まだわずかに降る雨の中、軽快な足取りで、春奈は子供のお迎えをするべく歩き始めた。
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