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映画
休日、アミと板垣は一緒に映画に出かけた。
映画は高校生の話で、少女とゲイの少年、そして別の少年がもう一人登場した。アミと板垣は自分たちのことみたいだと思った。映画の中で少女はゲイの少年のことがすきで、もう一人の少年をいじめた。その少年はその少女がすきだったのだが、腹いせに、自分はゲイだと告白してきたゲイの少年と付き合った。そしてしばらくして少年は自分がほんとうにゲイの少年がすきだと気づいた。
(作者注:この映画は実際にはなくて、作者の配偶者が作った話です。作者がこの小説の構想を話したとき配偶者が即興で作った話です)。
板垣は思った。柾木がゲイじゃなくても、自分と付き合って、その結果自分をすきになってくれる可能性があるんじゃないか? と。この映画みたいに。
だが、映画が終わって二人がロビーに出ると、そこには貴公子然とした柾木がいた。柾木もその映画を観たところだった。アミが話しかけると、柾木はまごついた。耳が赤くなっている。学校ではポーカーフェイスだったのに。アミと板垣は思った。アミの服装だ、と。アミは私服で、ゴスの服を着ていた。ゴスの服とは、黒づくめの服装である。でも柾木は珍しい服装をした同窓生に話しかけられて恥ずかしがったんじゃない、ゴスに弱いんだ、と。アミと板垣の二人は囲碁の「耳赤の一手」を思い出した。1846年、江戸時代に活躍した棋士、本因坊秀策(ほんいんぼうしゅうさく)が井上幻庵因碩(いのうえげんあんいんせき)を相手に碁を打っていた。対局中盤、井上幻庵因碩の有利な局面で、長考したのち本因坊秀策の打った一手に対し、動揺して井上幻庵因碩の耳が赤くなった。アミがゴスの服を着たのは「耳赤の一手」だと二人は思った。そしてチェス部である二人はさらに思った。これはほとんどチェックメートだ、と(チェックメートとは、チェスで、王手詰めのこと)。学校で制服姿のアミは柾木にとってチェスの駒のポーンでしかなかったが、アミがゴスの服を着れば別なのだ、と。ポーンはチェスにおいていちばん弱い駒である。将棋における歩である。しかしそのポーンがクイーンにプロモーションしたのだ。クイーンになったのだ。プロモーションとは、チェスにおいて、ポーンが相手陣地の一番奥まで進むと、クイーンになることをいう。クイーンはいちばん強い駒である。そしてそのクイーンは、キングである柾木を仕留めそうなのだ。
ゴスの服を着ているかぎりアミは柾木にとってクイーンなら、映画と同じで第三の少年、柾木は少女、アミのことがすきなのだ。しかし映画では少女はゲイの少年をすきだったが、アミはだれがすきなのだろうか?
アミもまた柾木がすきだとして、アミは名前がフランス語の友だちに由来していた。アミと柾木がめでたく付き合ってしまっては、板垣にわるいとアミは考える。最強のクイーンの弱点は友情だ。しかしかれらの中に、相手をハートのエースだと看做(みな)している者がいるだろうか? かれらの恋心はそこまで進んでいるだろうか?(チェスでいちばん強いのはクイーンだが、ポーカーでは、エースがいちばん強い)。
「チェス部はどう?入る気になった?」
アミが有利な立場を利用した。
「あ、いや、はい、えっと・・・」
柾木がしどろもどろに応える。
「月曜日放課後部室に来てね!」
「あっ・・・はい・・・」
板垣には打つ手があるだろうか?
かれはいまただのポーンでしかない。
それとも映画のように、かれもキングを射止めることができるのだろうか? かれもゴスの服を着たアミのように、クイーンにプロモーションすることができるのだろうか?
今のところ柾木こそがアミが出会うことのできる中でいちばん有望な男性だ。
アミはこれを逃すだろうか?
板垣に譲るだろうか?
しかしアミが柾木を板垣に譲ったとして、柾木が板垣を恋人として受け入れるかどうかはわからない。映画のようにはいかないかもしれないのだ。そして、もしかしたら映画のように、アミは板垣をすきかもしれないのだ。
かれらは目算した。
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