きれいになりたい

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きれいになりたい

「もし自分の好きな人が、他の男に唇を奪われたとしたら……嫉妬で狂ってしまうかもしれません」  私は、週の半ばで疲れが出はじめた体をベッドの上でごろんごろんと跳ね回らせながら、高野先生の言葉を思い出していた。  彼は今日の昼間、確かにそう口にしてその後、私にキスをした。高野先生の、好きな人。それは、私のことなのだろうか。  いや、文脈からすると確かにそうなのだけれど……どうにも信じられなかった。  まぁ、仮にだ。仮に、私と高野先生がお付き合いを始めたとしよう。当然、ふたり並んで素敵なショッピングなんてことがあるに違いない。  ふたりで並んだら……さて、どうだろう。このふたりは釣り合っているのか……?  答えはもちろんノーである。イケイケキラキラメガネ(しかも高身長イケメン)と今まさにこんな風にうじうじとしているダサい干物なちんちくりん女。 月とスッポン、豚に真珠、まさに天と地の差である。  もしも、高野先生が私に好意を持っているのならば……もっときれいに、釣り合うようなイケイケな女にならなければいけない。  そして、中村くんのこともある。何か、何か他のことを考えたかった。現実逃避に、何かに没頭したかった。 「よし、三浦はるの(23)推しに見合う女になるため、きれいになります!!」 「はるの! あんた何時だと思ってんの!! 静かにしなさい!!!」  23時、すでに寝静まった町内に私の叫び声が響いた。そして、どこからかまるで湧いてきたかのように母親がドアの向こうに現れて、ぶつぶつと文句を言いながら一階の台所へと降りていった。  とりあえずコスモス畑に行くときに買った化粧品をずらりと座卓に並べた。化粧下地、ファンデーション、パウダー、アイシャドウ……  この間は調べもせずに適当にやったから失敗してしまったのだ。もともと絵を描くのは得意だし、化粧だって顔面にお絵描きをするようなものだろう。  絵画と同じ。手順を守って描けば、きっとうまくいく。私はスマートフォンをスタンドに立てかけ、初心者向けの化粧講座を動画で見ながら、何度も自分の顔に塗っては落とし、を繰り返した。 「で……できた…………!」  メイクと格闘すること2時間。私はついに、スキル“お化粧”を手に入れることに成功した。もちろんプロレベルではないが、見られる程度にはなったと思う。筆の使い方など、油絵で培った技術が役に立った。 「これで私も一般人!! 干物卒業よー! ホーッホッホ……」  深夜のテンションでおかしくなってしまった私は、自分の部屋がベルサイユ宮殿に見えていたらしく、口の横に手を当てながら、高らかに笑い続けた。
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