ツノとしっぽ

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ツノとしっぽ 1  塾の帰りに急に雨が降り出して、とても帰れる状況じゃないと雨宿りできる場所を探した。公園の中を通っている最中で、なかなか見つけられなかったけれど、少しいったところに東屋を見つけた。  誰かいるけれど、他にあてはない。わたしはその東屋を目指して自転車をこいだ。  自転車のまま東屋の中に入ると、先にいた人が振り返った。水川さんだった。 「木林さん! 大丈夫!」  水川さんはずぶ濡れになったわたしを見て目を丸めた。 「大丈夫じゃないかも」 「ティッシュあるよ」 「いいよいいよ、タオル持ってるから。ありがと」  わたしはそう言って、トートバッグの中をあさる水川さんを止めた。 「急に降ってきたね」  自転車を止め、リュックから取り出したタオルで頭や肩を拭いていった。水川さんからの返事がないことを不思議に思って顔を上げると、彼女はいつかのようにこめかみを押さえていた。  水川さんの頭にはツノがある。小さな小さなツノだ。天気予報よりも雨のことを知っている。ツノは雨から水川さんを守るだろう。実際、彼女は少しも濡れていなかった。その代償として、ツノは彼女からいろんなものを奪う。わたしのしっぽのように。 「痛むの?」 「ちょっと」  水川さんは笑おうとして、口を引きつらせただけだった。  それからしばらく、わたしたちはけたたましい音を立てて降る雨を見つめた。 「ごめんね」とわたしは言った。  水川さんは首を傾げ、わたしに理由を求めた。わたしはその視線に気づかない振りをした。 「もしかしてこの前のトイレでのこと?」  水川さんが聞いてきたので、わたしは「うん」とも「違う」とも言わなかった。  わたしの「ごめん」を夏休み前のトイレでの一件だと彼女が思ってくれたのならそれでいい。水川さんにツノがあるとは知らず、ずっと体育をずる休みしていると思っていた。なんてわざわざ傷つけることは言わない方がいい。 「気にしなくていいよ。ああいうのは仕方ないから」  わたしは微笑みを返事とした。 「今すぐ切って捨てて燃やしたい」  ぽつりと水川さんが言った。  わたしは恥ずかしさに今はないはずのしっぽがぞわっと毛羽立った。目を見開いて彼女を見る。 「どうして……!」 「なんか耳に残っちゃって。たぶんわたしもそう思ってるからかなあ」 「水川さんが? なにを?」  わたしは一歩彼女に近づいた。 「ないしょ」  と水川さんは言ったあと、 「でもツノじゃないよ」  と付け足した。 「わたしそんなに性格よくないから。もっとすごいもの」  ツノよりももっとすごいもの。それがなにか、わたしにはすぐわかった。 「えーと、クラスの女子三人とか?」  水川さんはにっこりと笑った。彼女がツノを持っているよりも衝撃的な告白だった。でもすごくよく納得できた。 わたしも本当に切って捨てて燃やしたいものは、しっぽじゃない。しっぽに勝とうとして空回ってしまう自分自身だ。 「水川さんはすごいね。わたしはそういう周りの視線気にして無理しちゃう」  きっと彼女は、あの日わたしにしっぽがあったと気づいている。わたしが彼女のツノに気づいているのも知っていた。だから、さらりと言ってのけたのだ。 「ダメなんだ、わたし。勝てるはずのない相手に勝とうとしてる」 「大丈夫。勝てるはずないって気づいてるなら、和平交渉への道は近いよ」 「和平交渉って国と国が仲よくする、あれ?」 「それ」 「違うよ。わたしのはそんな大きなものじゃなくて」 「でも言葉が通じないでしょ」  しっぽに「引っこめ」と言って引っこんだ試しがない。それくらいしっぽとわたしが話す言葉は違う。わたしはしっぽの言うことに耳を傾けたことがあっただろうか。  もしあったとすれば、それは傘を持って出かけた日だ。天気予報を見なくたって雨が降ると感じた。あれはしっぽの声だったのかもしれない。 「和平交渉ね。考えてみる」 「そうしてもらえるとわたしも助かる」 「どうして水川さんが助かるの?」 「それはわたしが素人の探検家だから。わたしは特殊能力を持った人よりも、やさしい人に出会いたい」  ますます意味がわからなくなって、わたしはもう一度聞き返そうとした。  と、わたしたちは同時に空を見上げた。 「もうすぐ雨が上がるね」  どちらともなくそう言った。
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