SAWAKO

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 人狼。普段は穏やかな人の姿と化しながら、夜になると本性を表し、狼となって人を喰う怪物。我々人類は、恐怖に怯えながら歴史を紡いできた。  けれど、そんな日も今日で終わり。私は瞳の奥に憎悪を忍ばせて、ラボラトリーの天井を仰いだ。その天辺にまで聳え立つのは、細長い鉄の巨塔。幾重もの回線の影を浮かばせ、銀色のシートに覆われたそれに向かって、私は両腕を広げて叫んだ。 「SAWAKO! 私の命令を聞いて!」  それは十年前、人狼に喰い殺された母の名前。そして、復讐を誓った父が生前に作り上げたAIの名。父が仕込んでくれたおかげで、科学者でない私でもそれなりに意思の疎通が出来る。 「これから、私の身体をサンプリングして、全人類の人狼を見極め、抹殺してちょうだい!」 「承知しました」  懐かしい母の声で、SAWAKOは言った。 「しかし、主よ。貴女の身体を元に、どうやって人類と人狼を見極めましょうか」 「人狼である限り、どんな姿で紛れようとも決して人間にはなりえないわ!」  私は、自らの胸の頂を掌で押し付けて答えた。 「私は紛れもなく人間! なら、人狼には必ず、人間とは違う構造を持っているはず! それを探し出してほしいの!」 「承知しました」  やがて、無機質な機械音と共に、私の身体は赤いレーザービームに覆われた。そこからSAWAKOの優秀な検知機能は、私とは違う人狼を衛星で使って探し出し、脇の画面からリストアップしていく。けれど私はあえて見なかった。余計な罪悪感に囚われて、躊躇する気持ちを持たないためだ。  今宵、狼を倒すは鬼であれ。鬼になる覚悟を決め、血の脈を帯びる私の瞳は、天井窓からのぞく月を見上げた。  ああ、弟も今、同じ月を見ているのだろうか。幼い頃に事故に遭い、ずっと寝込んでいる、たった一人の家族。  彼には両足がないのである。襲われたりでもしたら逃げることも出来ず、なすがままに喰い殺されてしまう。もう二度と、人狼に家族を殺させない。例え私が罰せられて処されようとも。 「リストアップは終わりました。結構な数になりましたが、それでも構わないですか?」 「是非に及ばず!」  冷徹なSAWAKOの声と共に、私はやがて水平に腕を振り、山上の展望台で命令を下す。 「やるならば、徹底的に! 地下に潜る暇など与えないくらいに!」 「承知しました」  アラーム音が鳴り響いた。これからSAWAKOと連動している殺戮兵器が、ミサイルの光を為して、今宵の空を駆け廻るのだろう。  爆音が鳴った。激しい地響きが続く最中で、どこか遥か遠くでも爆発音が弾いた。私は目を閉じ、耳で聞くことによって、全てが終わるときを待っていた。  それからどれくらい経ったことだろう。うっすらと目を開くと、深夜の山の峰々がぼんやりとした明かりに灯り、幾つもの煙の筋を引いていた。山向こうの街は今、酷い惨状にあるんだと悟りつつ、私は安堵のため息をついた。 「これでやっと……弟に……」  街が灰燼に潰えようと、これでようやく人狼のいない外に出られる。街が消えた空の方がきっと広く、青く見えることだろう。私はやがて、弟のいる方角を見た。すると、向かって右の中腹あたりが赤く燃えているではないか。 「え……?」  そこは弟が暮らしている別荘あたりだ。馬鹿な、あそこには今、弟しかいないはずなのに。 「SAWAKO、どういうこと……? あそこに人狼はいたの……?」 「ええ、いましたよ。最初から一人きりで」  背筋に戦慄が走る。馬鹿な、弟は私と血を分けている紛れもない人間だ。それなのに――、 「ああ、そういえば、改めてお伝えするべきでしたね」  私が考えを巡らす前に、母の声が耳に張り付く。 「私がどうやって人狼を特定したのか、お教えしましょう。貴女の身体をサンプリングして、他の人間と照らし合わせたとき、『人間』と人狼の明らかな違いが分かったのです。そこから一つの例外もなく、排除致しました」  三日月が浮かぶ夜空の下に、轟々と燃え盛る赤い炎。唇は震え、息を継ぐことも出来なくなっていく中で、SAWAKOは、母は言った。 「なんと人狼には、『人間』にはない臓器を持っていたのですよ。俗に言う、『男』ってやつがね」 〈終〉
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